◆ チャイニーズ・ルーレット

初めての中国、北京。
空港からホテルまでバスで移動。季節が晩秋ということもあって、本来なら青々と茂っているはずの緑はほとんど枯れ葉になって地面を覆い始めていた。そして、何よりも私の目を引いたのは自転車、そして人民服。テレビで見たのと同じように、大通りでは車道とは別に自転車用に道が区切られていた。
「首都」といっても、私の中のイメージにはほど遠い。「名勝古跡に富んだ」と形容したほうがしっくり来る、そんな場所だった。

「お食事、何時にしますか?」
チェックインを済ませると、開口一番、女性パーサーが言う。
グループ・フライトの時は、一緒に夕食をとる事が多い。
「近くで済ませましょうか。」
当時はまだ外国人が使う紙幣と、中国人が使うそれとが分かれている、そんな時代だった。だから、外国人用の紙幣を使える場所は限られているし、何しろ私たちは疲れていた。

結局、上司のその一言で、その日は中華料理(厳密には北京料理)レストランで円卓を囲むことになった。

集合時間、十人足らずが集まった。さっそくレストランへ移動。絢爛豪華な門をかたどった入り口から店内へ。比較的大きめの円卓に案内された私たちは、さっそく席についてメニューを眺める。

「野菜が食べたいわね」
とさっそく女性パーサー。彼女は仕事柄、食べ物に気を遣っているし、しかもちょっとこだわりがある。そして、今回の女性メンバーの中では一番の乗務経験者。家に帰れば一児の母、となれば、もうすべてお任せ、といった雰囲気。
「エビチリなんかも食べたいね」
と、言っていた男性チーフがメニューを見た瞬間、
「高い!野菜はともかく、エビチリが妙に高いぞ!」
と思わず口走った。確かに海産物が肉類などと比べて高い。
その声にすかさずキャプテンが言う。
「だってしかたないですよ、北京の周りに海がないんですから」
そう言われてみれば、北京は海産物を手に入れるのにはちょっと難儀な地形。

そのやり取りを聞きながら、私はふと日本にある町中の「中華料理」と看板を出しているお店のメニューを思い浮かべていた。ラーメン、餃子、天津丼、麻婆豆腐・・・。要するに中国の料理をすべて網羅していることに改めて気付く。(ただ、「焼き餃子」に関しては、日本人独特のもので、本場は「水餃子」らしい。)勿論「エビチリ」だって大抵のところでは食べられる。

本来なら、北京、広東、四川、上海、香港など、広大な中国の地域それぞれに味の特徴があることから、一口に「中国料理」と言っても厳密にはいくつかに分けられる。(私はこのことを学生時代に横浜中華街へ行ったときに初めて知った。)また、食材もその土地ならではのものが使われるので、手に入りにくい食材を使えば、お料理が高くなるのはいたしかたがないということになる。

中国人に言わせれば、こんなにいろいろなものを置いてあるお店なんて「邪道」といわれるだろう。でも、少なくとも私にしてみれば、物心付いたときからそれが「中華料理」と認識してしまっているし、一つのお店で様々な地方の料理が食べられる、こんな都合のいいことはない。だからこそ、「中華料理」の看板は日本に根づいているのかもしれないし、日本ならではの「中華料理」に属する料理(例えば「ラーメン」)が発展していったのではないか、と思ったりする。

「それならいっそうのこと『北京ダック』なんかどうです?」
「ああ、せっかくですからね。それ、いきましょう。まずはビールでいいですかね。」
キャプテンの提案で、本場「北京ダック」を注文することに。
円卓には冷菜、野菜の炒め物のほか、様々なお料理が並ぶ。「北京ダック」は私たちの目の前でコックさんが薄く切ってくれたものを、ウエイターさんがお給仕してくれる。

「ほら、飲めないんだから食べなさい」
と、先輩は気を遣ってくれるけれど、このときばかりは体も疲れていたせいか、気持とは裏腹にあまり食が進まなかった。
せっかくの北京ダックも、「また食べたい!」と思うほどのことでもなく・・・。というのも、食べるときにつける「タレ」がしっかりしすぎていて、「ダック」だか「チキン」だかわからなかった。ほかのお料理も、「これは美味しい!」というのも特になく、どちらかといえば町中の「餃子、ラーメン」のたぐいの方が疲れた体には合っていたのかもしれない。(罰当たりな発言ですみません;;)

そして円卓に残ったのは三枚のお皿。豚肉を炒めたものを中心に、こってりとしたお料理ばかり。さすがに手を伸ばす人はいない。でも、残すのは忍びない・・・と恐らく誰もが思ったその時、
「それじゃあ、『チャイニーズ・ルーレット』をしましょう!」
お酒も入っているせいか、頬を赤らめた女性パーサーが突然言いだした。

「『チャイニーズ・ルーレット』、ですか??」
私は横に座っていた先輩と思わず声を合わせて言った。
「ほら、『ロシアン・ルーレット』ってあるでしょう?まあ、あれの中華版よ。こうやって回して、(といきなり円卓を回す)残ったお皿が目の前に来たらその人が全部食べなければいけないのよ。」
誰もそのルーレットをすることに賛成したわけではないのに、パーサーの回した円卓の回転速度はすでにゆるやかになっていた。そしてあろう事か、私の前で止まろうとしているではないか。いくら何でも、もう食べられない。ましてこの目の前で止まろうとしているのは、お肉がこってりと入っている炒め物。
「いや、だめです、うわぁ・・・」
思わず左隣の先輩に抱きつかんばかりに体を傾ける。そして、ついにそのお皿は私の右隣の先輩の目の前に。
「あ、ずるいぃ!よけたんだから、食べなさい!」
「いえ、そうおっしゃらずに・・・・」
「若いんだから食べなさい!」(その時私は一番年下だった)
ここまで来たらなすり合いと言った感じになる。
「もとい!わかった。仕切り直しね。では、体を動かさないように、はいみんなちゃんと座って!」
完全にパーサーのペースになっている。

「では、いきますよ。それっ!」
ゆっくりと、でも滑らかに円卓が回る。体は動かせないので、その分みんな口でお皿を敬遠するしかない。
「止まらないでよ!」
「せめてとなりに・・・」
「あ、またそんなこと言って!」
ここまで来ればいわゆる罰ゲーム。とても食事をしているような気がしない。

「止まりませんように;;」
そんな思いとは裏腹に、結局その三皿のうちの一皿は私の目の前に止まってしまった。しかも、こってりとした豚肉の炒め物。ああ、こんなことなら胃薬でも持ってくればよかった。
「こういう油ものを食べた後は、お茶(中国茶〕を沢山飲んでおくと胃にもたれないわよ」
そんな言葉を先輩から聞いて、私はとりあえずお茶を何杯も飲んだ。お腹ははち切れんばかりになっているけれどしかたがない。
結局、残りの二皿はほかの先輩が平らげ、お食事会もお開きとなった。

部屋に戻って窓のカーテンを開ける。都会ならきれいな夜景でも見えそうなものだが・・・。
「あ、真っ暗・・・。」

国際線に移行半年足らず。まだまだ経験していないことが沢山ある、と知らされた、そんな瞬間だった。

 

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