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◆ クリスマスの憂鬱? 縁あってアメリカに移り住んでから三回目のクリスマスを迎える。 日本では雑然とした街も、「クリスマス」という共通のデコレーションのおかげで統一感が増し、それなりの雰囲気ができあがる。このときとばかりにしつこく流れるクリスマスソングも、私は嫌いではなかった。例えそれがすべて商業的な目的があったにせよ、無宗教の私にとってはさほど問題にもならないわけで、 ところが、国を挙げてクリスマスをお祝いをするようなところで過ごすクリスマス、となると様子は少し違ってくる。 というわけで、こちらに住み始めてからクリスマスの過ごし方が少し変わった。 日本がちょっとお祭り気分で、「楽しい」という雰囲気だとすると、アメリカでは(サンタの存在を信じている子供はさておいて)、「憂鬱」という言葉で表現することができると思う。 「街はクリスマスデコレーションで素敵だし、クリスマスセールはあるし、どこがどう憂鬱なわけ?」 実際、私もクリスマス・イブになってから婦人服売り場やアクセサリー売り場をプレゼントを買うために飛び回っている男性を目の当たりにしたことがあるし、大きな紙袋を持ちながらうベビーバギーを押し、半泣きしている子供をあやしながら必死の形相で商品を見て回っているお母さんの姿を見たこともある。ある意味罰ゲームのような雰囲気さえ漂っていた。正に、「お気の毒」の一言である。 確かに限られた予算で相手に喜ばれるようなプレゼントを選ぶというのは頭が痛い。しかも、「あげなければならない」という義務感にも似たプレゼント選びとなると、かなりのストレスになるのかもしれない。 でもこれが日本人なら少し事情は違ってくるような気もする。だって、日本人は旅行先でお土産を買うことに慣れているでしょう?かく言う私もそうしたことを結構楽しんでしまうほうなので、頭が痛いなんてありえない。だって、 そんな日本人に対し、欧米の人たちは、旅行先でお土産を沢山買うことはまずないようだ。実際、私も欧米人の友達から、 そしてその憂鬱に輪をかけるのが、「プレゼントを包装する」という作業だ、という。 とはいうものの、自分で包装ができない人はどうするか。 デパートならサービスセンターというような名前のついたカウンターで包んでもらうか、ショッピングモールや店舗に開設してある窓口で包んでもらうことになるらしい・・・いくらするのか、はたまたサービスでやってくれるのか、はわからないけれど。 そしてそのプレゼントを家族から隠す、という大事な事も残っている。特に小さい子供のいる家族は、「サンタがプレゼントを持ってくる」と信じている子供の期待を裏切るまい、と必死である。 確かにこの一連の作業(?)は場合によっては、「楽しみ」よりも「苦しみ」になるのかもしれない。しかもこの他に、インテリア、エクステリアともにクリスマス用のデコレーションをしなければならないだろうし、当日はディナーの用意もあるだろう。正に家族が結束して事に当たらなければ、完璧なクリスマスはありえない。 でも、憂鬱なクリスマスを一先ず乗り越えれば、ご褒美(?)として、「アフター・クリスマス・セール」が待っている。クリスマスの翌日は午前中からのセールが目白押しだ。そして前日までの憂鬱を吹き飛ばすかのように、買い物に興じる人・・・もいる。 こうしてみると、結局のところ慣習と商業が上手に組み合わされている、ということか。日本もアメリカも同じようなものか。 クリスマス当日、フィンランドのクリスマスの様子をテレビで放映していた(*1)。 クリスマスは本来ならそうした過ごし方が基本であり、プレゼントを購入するのに頭を悩ませる云々、ということよりも親族で楽しむ時間を第一に考える日なのだろう。なんとなくその傾向は日本の大晦日からお正月にかけての過ごし方に似ているのかもしれない。 というわけで、我が家のクリスマスはケーキもなし、プレゼントもなし。鍋をかこんで、「A
Christmas Story」(*2)を見る。
*1 日本では2007年12月24(月)BShi 午後1:00〜9:50、総合テレビ 午後7:30〜8:40で放映されていた番組、「夢の生中継 サンタクロースとオーロラの旅〜北欧フィンランドのクリスマス〜」。アメリカではTVジャパンが25日に放映した。 *2 1983年(米)残念ながら日本での放映はなかったようだけれど、なんとも可愛らしい、子供時代を思い起こさせるコメディー映画。 |