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◆ くさっても?
「友達」というのは、「知りあい」と違って、その関係を続けていくのにはそれなりの努力がいる、と思う。
私くらいの年齢(30代)は、正に、結婚、出産、育児と、人生における繁忙期。
生活環境が同じならあまり気を遣わなくていいけれど、例えば、独身の自分に対して、友達が子供のいる専業主婦の場合、生活のペースが全く違うのはお分かりだと思う。つまり、相手が独身の時のような交友をしようと思うのは、難しい、いや無理な話だ。
友達との関わり方は、確かに人それぞれだろう。しかし私の場合、どうもあれこれと気を回しすぎてしまう。
例えば、妊婦になった友達には、
「身体がしんどいのではないかしら」
と思うし、出産すれば、
「授乳の邪魔になるのでは?」
あるいは、
「赤ちゃんがせっかく寝ているのを起こしてしまうのでは?」
と想像してしまう。
そして、年賀状のやり取りはあるものの、電話は控えるようになる。そして、
「余裕ができれば相手から連絡がくるはず」
と大きく構えてひたすら待つ。
そんな私の消極的な態度に、今もって友達でいてくれる人たちは、
「そんなに気を遣わなくていいのに!」
と言ってくれるけれど、身内の出産、育児を目の当たりにしたことのある私は、相変わらずその姿勢を変えないでいる。
先日も、そんな「友達」の一人と6年ぶりに再会した。
今どきの言い方をすると、彼女は「現役ママさんスチュワーデス」。
子育てと仕事を両立している二児の母。人によっては羨ましい環境ではないだろうか。
つまり、二人の子供の面倒を見てもらえて、好きな仕事を辞めなくてもい。正に家族の理解の賜物、というわけである。
とはいうものの、本人いわく、別の意味で大変なこともあるのだそうだ。
その中の一つをわかりやすく言えば、「同期より出世が遅れる」。
つまり、出産休暇、育児休暇をとることは、それだけ会社を休まなければならない。当然、その間の客室乗務員としての経験はカウントされないわけで、それが職級に響いてくる、というわけ。
昇格云々を気にするような人ではないので「それは一向にかまわない」というものの、職場の思いがけないところで不愉快な思いをすることもあるらしい。
「そうね、多分、10歳くらい下になると思うんだけど、口の聞き方を知らないというか・・・。平気でタメ口で話してくるのよ」
人にもよるのだろうけれど、少なくとも私が現役でいたころは、
「一期違えば虫けら同然」
という言葉があった時代。いわゆる体育会のノリで、同年入社とはいえ、訓練時期が自分より先なら先輩になる。また、先輩には敬語というのは常識だったし、相手が目上かどうかに関わらず、最低限、丁寧語で話すのも然りだった。
ちなみに、何故相手が後輩かどうかわかるのかというと、いわゆる、
「アロケーション(allocation)表」
と呼ばれる、配置表が配られるから。そこには、名前、社員番号(書かれていないこともある)、それから職級というか、厳密には表記のしかたは違うけれど、少なくともその人の経験年数や、昔で言うところの、スチュワーデス、アシスタント・パーサー、パーサー、チーフ・パーサーがわかるようになっている。そしてそのパターンのフライトで、自分がどの席に座るのか、どの人と一緒にサービスを行うのか、を確認する。
「しかもね・・・」
フライト先でみんなで食事をしに行ったときのことを彼女は話しだした。
寄せ集めのフライトだったらしく、お互いを知らないということもあって、ちょっとした話の成り行きで、彼女が二児の母、というのが話題になったのだそうだ。
「ありきたりだけれど、『お子さんがいてお仕事するのは大変でしょう』とか、『でも、お母さんがスチュワーデスだって、お子さんうれしいでしょうね』、なんて言われていたんだけれど、そのタメ口の若い子が、言ったのよ」
と独特な間をとったので、思わず私は、
「何て言ったの?」
と言葉を入れた。すると、
「『腐ってもスチュワーデスですからね』ですって!」
ちなみに、語源(?)の「腐っても鯛」というのは、もともと良いものは古くなったり、痛んだりしてもそれだけの値打ちはある、と言うことの例えである。
私は反射的に、
「ひどいこというわね!少なくとも目上に言う言葉じゃないわね」
と彼女の怒りに同調したものの、心の中では、
「例え方はよくないけれど、ある意味そうかも」
と思った。
実は、私がある仕事の問い合せをしたところ、とてもぶっきらぼうに応対されたことがあった。会話の中で、「接客の経験があるか」と聞かれたので、
「国際線客室乗務員の経験がございます」
とわざと丁寧に答えたら、手のひらを返したように声色まで変わり、「是非面接を」と言いだしたのである。
その時私は思った。恋愛以外なら、まだ、
「腐ってもスチュワーデス」
なんだな、と。
「スチュワーデス」の一般的なイメージは、現役時代はつかみにくい。自分の経験から、特にその勤務年数が重なるにしたがって、かなりわかりにくくなるような気がする。まして、彼女のように、現役でありながら母であり、妻であり、という社会的な立場があると、わかるようでわからないのだろう。
つまり、現役の時は、
「たかがスチュワーデス」
と思うのだけれど、辞めると、
「されどスチュワーデス」
という客観的な視点になるのだ。
しかし、中にはそのイメージを現役時代に的確につかみ、その肩書を上手に利用して、世の中を渡っていく人もいる。恐らく、タメ口の若手がそのタイプなのだろう。
「まあ、しかたがないでしょう。時代が変わったのかもしれないし。少なくとも私たちが確実に年をとってきているっていう証拠じゃない?」
と、ひとまずその話題は終えた。
6年ぶりの再会は、お互いの近況と会社や後輩の愚痴、というありきたりの話が大半を占めた。彼女の子供の話や、勿論、仕事のきつさも話に上った。
契約で客室乗務員を採用し始めた時点で予想をしていたことだけれど、やはり現場は大変そうだ。ただでさえ、航空業界はいろいろな打撃を被っている。
「そんなに大変なら、無理しないで辞めればいいのに」
思わず私が言うと彼女は、
「もう少し続けてみるわ。辞めるのはいつでもできるから」
と自分を奮い立たせるように言った。
「そうね、確かにそうよね」
私は頷きながら、ふと、自分がまだ現役だったらどうだったろうと考えてみたりしたが、どう転んでも予想ができないことだった。これはおそらく、私なりにいい時期に現役を退いた、という証拠なのだろう。
「じゃあまたね」
6年分を埋めるまでの話をすることは出来なかったけれど、これを機会に私たちの交友は再開するだろう。
私はとにかく彼女がこれからも、健康で、「ママさんスチュワーデス」として頑張ってくれることを願うばかりだった。
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