|
◆ 理想の家族像
国際線の太平洋路線でのこと。
一度目の食事のサービス終了後の映画も一段。乗客のほとんどが眠ってしまったせいか、キャビンは暗く静まりかえっていた。
私たちは、交代で食事をしたり休憩を取ったり。キャビンの様子は必ず誰かが見ているものの、二度目の食事のサービスが始まるまでの、いわばホッとするひとときでもあった。
そんな中、私がギャレーで一人で食事をしていると、遠慮がちにカーテンが開いた。
「失礼・・・」
そう言って入ってきたのは、アメリカ人男性。手にはほ乳瓶を持っている。
「食事中に悪いんだけれど、お湯をもらえる?」
キャビンの静かな空気を乱してはいけないかのように、30代半ばくらいの口髭をたくわえた長身の彼は小さな声で言った。
ほ乳瓶を手にして私たちに声をかけるときは、赤ちゃんのためのミルクのリクエストであることはまず間違いない。
これまでに機内で赤ちゃんのためにミルクを作ることを頼まれるのは日常茶飯事。訓練所でも「baby
care」と言う授業まであった。子供を持つ母親の心理、子供の発育やその食事のことなど、一通りの教育を受けている。(勿論、他にも赤ちゃんの抱き方、おむつの交換の仕方、ミルクの作り方などの実習もあった。)つまり、私たちにとってみれば子供の面倒を見ることは、機内での仕事の一つでもある。
「ミルクをつくるんですか?それでしたら私が・・・」
と言いながら、ひとまず食事を切り上げ、私がいつもそうするように、ミルクを作る用意を始めた。しかし、背後から意外な言葉が返ってきた。
「いや、いいんだ。ぼくがやるから。」
その口調から、遠慮をしてそのようなことを言っているのではないのがわかったので、私はミルクを作るときに必要になるものをとりあえずギャレーのカウンターに並べた。そして、準備が整ったことを告げると、
「まずはこれを洗わなくちゃいけない・・・。ここ、使ってもいいかな?」
彼はほ乳瓶をギャレーのシンクで洗った後、私の用意した熱湯が入った容器に入れた。
「それから、カップにもう一杯熱湯をもらえるかな?」
私は料理アシスタントのように、指示されるまま熱湯をカップに注ぎ、差し出す。
もし、これがテレビのお料理番組だったら、
「熱湯○○cc入りました・・・」
などと状況を説明しながら、料理研究家を時には持ち上げたりしながら、料理作り進めていくのだろう。
「タララッタタタタ・・・」
と軽快に「三分クッキング」のテーマ曲が流れ始めた。勿論、私の頭の中だけの話だけれど。
彼は熱湯の入ったカップに、洗ったほ乳瓶の乳首を入れた。つまり熱湯消毒。
「これでだいたい一分くらい待てば大丈夫」
と言ってウインクした。
彼の様子を見ながら、私は純粋に感動していた。
父親がここまできちんと(しかも機内で)子どものミルクを作る場面に遭遇したことがなかったから。それに私自身が、
「父親は家族のために働き、母親が家を守り、子を育てる」
そんな男女の役割がハッキリと決まっているような、いわば「典型的」とも言える日本の環境に生まれ育ったからなのかもしれない。少なくとも私の物心がついてからの父に対するイメージは、「働くお父さん」の方が強い。
「男性の方がそこまでなさるなんて、私は今まで見たことがありません」
思わず私がそういうと、
「えっ?そうかな。だって育児は親二人でするものでしょう?父親だから母親だからっていうのは関係ない。これは当たり前のことだと僕は思うな・・・。」
そして、もう一分たったね、と言って次にミルクを作り始めた。
こんな父親を持つ子供は幸せに違いない。でも、もっと幸せなのはもしかしたら彼のパートナーである奥さんなのかもしれない。
その後、持参した粉ミルクを消毒したほ乳瓶に入れ、ミルクを熱湯で溶かし、人肌に冷ました。ミルクの温度を確認して、これでよし、と呟いた。そして、
「食事を中断させて悪かったね」
ミルクが入ったほ乳瓶を手に、彼はギャレーから出ていった。
ほ乳瓶からミルクを無心に飲む子供。それを微笑みながら見つめるその両親の姿を想像しながら、心が温まるような、また羨ましいような気持になった。
当時の私には自分が家庭を作る希望は持っていたけれど、残念ながらその予定は全くなかった。ただそれに対する「憧れ」だけが勝手に独り歩きしていた。
そして、仕事を通じて出会う家族を見ながら、自分なりの理想の家族像を思い描き、いつか自分がその主人公になることを夢見ていたのだった。
|