◆ ところ変われば食変わる 〜 シンガポール・チキン

国内線から移行して初めてのシンガポール滞在。
グループフライトということもあって、ホテルのロビーに集合して夕食を食べに行こう、ということになった。参加するのも仕事のうち。新人の時にはこの食事が苦痛に感じることもあるのだけれど、慣れてしまえばそれで情報の交換ができるのでためになることが多い。また、仕事を離れたところでの先輩とのコミニュケーションをとることは案外重要な事だ。仕事帰りに飲みに行く、そんな感覚と思っていただければいいのかもしれない。いわゆる「お付きあい」が時として仕事をする上での思わぬ潤滑油になることは想像にやさしいことだろう。

食事に集まったのは10人足らず。出席率は30%くらいか。
「ニュートンサーカスへ行きましょう」
ということになってタクシーに分散して乗る。シンガポールでサーカス?と思ったけれど、着いたところは屋台村。辺りは暗く、その屋台のあるところとその周辺に電灯がともっている。広そうなスペースに所狭しと並んでいる屋台とテーブル、椅子に人がひしめいている。夕食時のせいか、空いているテーブルを探すのは大変そうだ。それ以前にこのような場所は、慣れていないとどこにどんな屋台があるのかわからない。

「アジアの屋台」という言葉から連想する通り、この屋台村には一種独特の熱気、そして肌にまとわりつく湿気を含んだ空気が立ちこめていた。そんな中ではお世辞にも衛生面が行き届いているとは言い難い。
「これぞアジアの醍醐味!」
とでもいうのだろうけれど、私は昼間出かけていたシンガポールの中心街の、あの洗練された風景とのあまりのギャップに驚いていた。

「じゃあ、ここで・・・」
と、空いたテーブルに付いた私たちを見て、無愛想な屋台のおじさんがプラスティックの取り皿とスープ皿を置いていく。
「さて、とりあえずビールかな」
食器と一緒に置かれたペーパーナプキン(質は粗悪)でお皿を拭きながら男性チーフが言う。そのプラスティックの食器、元はショッキングピンクだったことをうかがわせるが、傷だらけでくすんで見える。洗ってあるとはいえ、お世辞にも「清潔」とはいえなかった。これもアジアの醍醐味の一つか。

「そうですね・・・ではビール人数分と・・・」
とお皿を拭きながら女性パーサー。私もみんながそうするようにお皿をナプキンで拭く。やはり屋台をみんな信用していないのだろうか。といっても単なる気休めにしか見えなかった。私もまねて拭いてみたけれど、幸いなことにナプキンに汚れが付くことはなかった。

注文するのはジュニアの役目・・・でもこのときはコックピットの男性の若手が注文してくれた。
「ああ、後『あれ』オーダーしましょう。新人がいることだし」
ちなみに新人とは私のことである。
「あ、チキンですね」

ビールが運ばれてまもなく、そのチキンがでてきた。何ということはない、一見小振りのフライドチキンだ。
「これはシンガポール・チキン。ここが初めてなら、まずこれを食べないとね」
ああ、名物だから気を遣って頼んでくれたんだ。
「はい、どうぞ」
珍しく一番先に私のところへお皿が回ってくる。恐縮しつつ戴く。
「結構いけるんだよ」
とキャプテン。たしかに小振りだけれど身がしっかりしている。
「どぉ?」
「あ、おいしいです・・・」
モモの部分にしては淡泊な感じがする。
「おいしい?それはよかった」
みんな口々に言うところが何か変だ。ひとつ食べ終わると隣に座っていた先輩がすかさずお皿を回してくれる。間髪入れないところがますます変。さすがに私も二つ目は警戒してよく観察しながら、味わって食べる。

フライドチキンの手羽先を基準に考えるとやはり小振りに思える。骨もきゃしゃな感じがする。味は淡泊な分、衣にしっかりと味がついている。というよりも、もしかしたら元々癖のある味のものだからなのか・・・。と考えながら食べていると、衣が落ちた。そして私の手に残ったきゃしゃな骨の先端にはなにやら人形の手のようなものが。よくよく見ると、
「水かき??」

思わず隣の先輩に聞く。
「あの・・・これってもしかして?」
「あ、気が付いた?」
とニコニコ笑いながら種明かしをしてくれた。
「そう、カエルの足よ!」

あ!と思った時にはもう遅い。お世辞でも「おいしい」という先ほどの言葉とともに二つ目をほぼ食べ終えてしまうところだった。かといってここで大騒ぎしては格好悪い。これはさりげなく流すのが無難だろう。頭の中では一瞬、夏になるとよく見かけるガマガカエルの姿を思い浮かべそうになったが、慌てて打ち消した。これは新人の洗礼だったのか??

「ああ、珍しいですね・・・」
私の精いっぱいの強がりだった。
もし私がノリのいい関西出身なら、すかさずその場を笑いの渦に巻き込む「おいしいところ」を逃すことなく場を盛り上げられたかもしれない。しかし悲しいかな、そういう術をもたない私は、皆さんの期待に応えるようなリアクションはできず、自分の面子を保つのが精いっぱい。先輩達には申し訳ないことをした。

カエルの足を皮切りに出てきたのはスッポンのスープ。プラスティックの洗面器にスッポンがぶつ切りになって浮かんでいる。料亭で出てくるようなお上品なものとはほど遠い。どの部分かわかるくらいはっきりしている肉片がピンクの洗面器に浮かんでいるのを想像していただきたい。スープだけで勘弁してもらった私の気持もおわかりいただけるだろう。お味の方はカレー風味。どうしてもぶつ切りが気になって、早く片付けてしまうことで精一杯だった。

そのあとにはごくごく普通のお料理を食べたはずだけれど、残念ながら記憶に残っていない。やはり洗面器に浮かぶあのスッポンのインパクトが強すぎたのだ。

ただその数ヶ月後、私がシンガポール・チキンを新人に勧めたのはいうまでもない。

実はこのニュートンサーカス、奥に行けば行くほどいわゆる「ゲテモノ」を出す屋台が増えていくのだとか。どおりで明かりが無くなっていくわけだ・・・何となく納得した。

果たしてそれが「体のため」なのか「楽しみ(エンターテイメント)のため」なのか、それは定かではないけれど、観光したときの話の種になることは間違いないようだ。

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