◆ お肌に効く

滞在先はどこだったろうか。とにかくアジアのある飲茶専門店でのこと。
翌日に日本への復路の仕事を控えた昼食、パーサー(女性)を始め、コックピットからの2人を含む7人ほどで円卓を囲むことになった。飲茶はある程度の人数がそろったほうがいろいろな種類の点心を食べられるので楽しい。

通常飲茶のスタイルは、大きくわけて二種類。
テーブルでメニューを見て注文するものと、飲茶を乗せたカートを呼び止めて直接オーダーするものがあるけれど、この時は前者だった。

私たちの間では「定番」になっているエビ蒸しギョウザや青菜の炒め物などを中心に注文。勿論デザートもしっかりいただきたいので、控えめなオーダーになる。

「ここならありそうだなあ。君たちにいいものを注文してあげよう!」
一通り注文をし終えたところで、キャプテンがそう言いだした。
そして得意満面の笑顔で、しかも中国語で注文をしてくれた。
語学に堪能な人が珍しくない職場なので中国語を話すからといってさほど驚くことはなかった。でも、私には何を注文したのかサッパリわからない。
「一体なんですか?」
とパーサー。どうも中国語がわからないのは私だけではなかったらしい。
「それは来てのお楽しみだよ。これはとても時間のかかる料理らしくて、お店によってはメニューにないことがあるみたいなんだ」
「普段食べられないものならそれは楽しみだわ!」
と少し大げさにパーサーが言った。
私はキャプテンの「君たちに・・・」というフレーズが気になっていた。

点心が来るまでお茶を飲みながら話を聞いているうちに、実はこのキャプテン、アジア路線を専門に乗務していることがわかった。どおりで珍しい点心や、レストランの場所などもよくご存じなわけだ。中国語が話せたりするのも頷ける。(ただし、アジア路線を専門に仕事をしている人がみんな中国語がはなせるわけではない。あくまでも英語は話せて当然、という感じだけれど)

ちなみに運航乗務員は(コックピットの人たち)は私たち客室乗務員のようにあちらこちら飛ぶわけではなく、一定の期間乗務する路線が固定されるのだという。(私はその詳しいシステムはよく知らないので、おおまかなことしか書くことができない)
確かに滞在する回数が増えればそれだけいろいろな情報も増える。そしてその情報は乗務員から乗務員へ語り継がれていくことになる。「スチュワーデスは情報通」といわれる裏側では、こんな滞在先の雑談の積み重ねもあったりする。勿論自分の経験から得る事も多いけれど。

このようなわけで、「情報」とともに「噂」も広まっていくのは想像にやさしいと思う。特に「悪い噂」は瞬く間に広がるし、それを広める人の中には、
「あんたそこで見てたんかい!?」
とつっこみを入れたくなるほど、あたかもそこに居合わせたような口調で(例えば)芸能人の機内での様子を語りだしたりする。そのお陰(?)で私たちは女性週刊誌の記事のような話を知るようになるのだけれど、所詮「噂話」の末端なので話半分に聞いたほうが無難だろう。
(ちなみにお客様の事も同じような状態で情報が飛び交っている、という事実もお知らせしておこう)

さて、話をしている間に青菜の炒め物などの野菜のお皿をはじめ、円卓は点心で埋め尽くされる。そしてそのお皿が半分ほど片付いたところで、例の「君たちに・・・」の一品が登場した。

「さあ、さあ、食べてみて〜!」
キャプテンがお皿を勧める。蒸し物の点心と同じように小皿にのって出てきたその一品は、
「好き嫌いがあるかもしれないから」
という配慮からテーブルに置かれているのは二皿。みんな少しずつ試すことにする。

香りは悪くない。どちらかというと「香辛料がきいている」という表現に値する。ふと私は「シンガポールチキン」を思い出した。いわゆる「ゲテモノ系」の食材の場合、食べにくいものを無理やり食べやすくするせいか、香辛料がきついことが多い。「お肌にいい」と聞いていなければ恐らく進んで箸を運ぶことはないだろうな、というような一見得体の知れない食べ物だ。

「これを食べるとお肌がツルツルになるんだってさ。下手な美容化粧品よりもいいらしいよ?うちの女房も食べたけれど、効果ありそうだった。何しろ中国四千年の歴史の食べ物なんだから!」
キャプテンは得意満面である。そして、まるで「お毒味役」のようにお皿からそれを一つつまんで自分の皿に取って口に運んだ。
「うん、これだ」
と一言。私たちは顔を見合わせた。

「お肌にいい」
こんなセリフに女性はみな弱い。そして、いち早く手を付けた、いや箸をつけたのは一番年上と思われる女性パーサーだった。
「これ足ですよねえ?」
と思わず私の隣に座っていた後輩。
「そう、そうなんだよ。調理するのに時間がかかるのがわかるだろ?」
「足」、しかも爪の付いている正にあの「足」の部分。もも肉の部分ではない。つま先の部分だけ。

私は驚きつつ小学生の頃にクラスで飼育していたニワトリの足を思い浮かべていた。あの黄色っぽいウロコのような部分はどう考えても硬そうだし、せいぜい使われるとしても、スープを摂るくらいなのだろう、などと考えていた。

とりあえずお箸で取り皿に・・・と思ったら、お箸の先でぷるぷるしている。あの「足」からは想像もつかないほど柔らかくなっている。
「ああ、このゼラチン質がいいのね。コラーゲンなのよ、きっと」
と独り言のように呟いたパーサーのお皿に残っているのは骨だけ。いつの間に食べてしまったのだろう。
「あ、でも結構いけるかも・・・」
そんな後輩の言葉におされて私も一口。たしかにゼラチン質のようなものがいろいろな香辛料で蒸し煮になっている状態。何しろ「お肌にいい」という前提があるのだから味は二の次でもいいか、・・・ああ、でも悪くない。豆鼓(トウチ)(*1) の味がする。ただ、骨が多いので食べにくい。
私は食べながら鳥の足の骨格の複雑さに感心していた。

「なんだか効きそうよ?追加しましょうよ」
パーサーの一言で追加決定。結局一人半皿の分量を戴いた。味云々よりもみんな「お肌のため」。パーサーは、
「あなた達にはまだまだ必要ないけれど、私にはとっても必要なものだから」
と言って一皿ペロリと召し上がった。

「よかった、気に入ってくれて」
キャプテンは私たちの真剣な食べっぷりを見て思わずそういった。顔には相変わらず笑みが。これで翌日みんなのお肌の調子が良ければ、キャプテンは一躍人気者になるはずだ。 

さて、翌日。
「ねえ、どう?お化粧のノリいいと思わない?」
飲茶で鳥の足を食した面々は仕事の間もその話でもちきりだったのはいうまでもない。私も心なしかファンデーションのノリがよくなったような気がしていた。ただし、その効果はあくまでも継続しないと効果がないことに気が付くのにさほど時間はかからなかった。やはり何事も「継続は力なり」「ローマは一日にしてならず」なのか;;

人気者になるはずのキャプテンは残念ながら別のパターンだったので同じ飛行機ではなかった。しかし、後日意外なところからこの「足」話題が。

会社の食堂でたまたま会った同じ乗務員の友だちと話をしていたときのこと。彼女はアジア線を乗務して帰ってきたところだった。
滞在先の中華料理店で、
「君たちに・・・」と言って、あるキャプテン(あのキャプテンにちがいない)が「鳥の足」を注文したのだそうだ。
「で、食べたの??」
「勿論よ!だって肌にいいなんて聞いたら食べるしかないでしょう。そのせいか化粧ノリがいいような感じだし・・・」
と友だちも私たちと同じ効果を得たようだった。
「いいものを教えていただいたから、コックピット・ケアは手厚くさせていただきましたわよぅ・・・」

・・・友だちの話を聞きながら、しばらくは人気者として君臨しそうなあのキャプテンの得意満面の笑顔を思い出していた。こうして素肌美人のスチュワーデスが増えるのも時間の問題かもしれない。

(でも、めったにお目にかかれない「鳥の足」よりも簡単に手に入る、少し高価な美容液のほうに結果的にみんな飛びついたのはいうまでもない)

______________________________________________________________

*1: 豆鼓(トウチ)・・・蒸した黒豆に塩を加えて発酵させ、その後乾燥させたもの。味噌風味で塩気がきつい。

エッセイのメニューに戻る

ページのトップに戻る



Copyright (c) 1998 - 2001 by " K ". All rights reserved.