◆ 蝸牛

同期3人でスペイン旅行をしたときのことである。
幸いこの中の一人が、 
「この人についていけば、必ず美味しいものが食べられる」
と言われる、いわゆる「グルメ」。
というわけで、すべての食事は基本的に「グルメ」な同期の意見に従うようになっていた。

ある日のお昼。バルセロナに到着し、ホテルのチェックインを済ませた私たちは、ランチにくりだすことにした。
「そういえば、名物料理があるって聞いた」
というグルメな同期の言葉に例によって賛同。さっそくそのお店ををガイドブックで調べてたどり着いたのが、ゴシック地区のレアル広場近くの老舗のお店だった。(Los Caracoles
 
店先でローストチキンがグルグル回っている、いかにも老舗といった店構え。いやでも店の味に期待をもたせる演出が「にくい」。
 
テーブルに案内されると、グルメな同期は言った。
「ここはカタツムリが名物らしいのよ」
ふとテーブルに置いてあるパンを見ると、形が渦巻き状。カタツムリを意識した・・・というより、その物の形をしていた。
「これだけアピールしているのなら味も間違いないはず」
私たち三人は、迷うことなくカタツムリを注文した。
三人ともしっかり食べるし、名物料理ということもあって、二皿注文。
私以外はお酒が飲めるので白ワインを頼み、あとの注文はグルメな同期におまかせした。
 
「カタツムリ」
といっても、私たちが想像していたのは、フランス料理の「エスカルゴ」。
殻付きで調理し、専用のお皿(殻を置く窪みのあるもの)に盛りつけられる。味はニンニク、パセリなどをきかせたバター焼きとでも言ったらいいのだろうか。エスカルゴ・トングで殻を押さえて食べる、という上品なものを想像していた。その身は特有の歯ごたえがあり、一度食べたら、病みつきになる確率の高い一品である。例えれば、つぶ貝のにんにく風味とでも表現したらいいだろうか。貝殻も比較的大きめで、少なくともその姿形は私たち馴染みのそれと別物と言っていい。

でも、ここはスペイン。しかも名物料理ともなれば、きっとその味付けが、フランスのそれとは全く違うのだろう。
トマトベースのお味かしら、などと想像を働かせていると、ウエイターが現れた。
いよいよ、「カタツムリ」の登場である。
「!?」
そのお皿を見て三人とも思わず言葉を失った。直径30センチほどのお皿に山盛りになっているのは、紛れもなく、カタツムリ。
「♪で〜ん で〜ん む〜しむし・・・」
と、何処からともなく聞こえてきそうだ。そういえば、梅雨の時期になると、アジサイの葉っぱにこんなのが乗っかっていたっけ。

「まあ、とにかく食べてみないとわからないから;;」
と勇気を振り絞りつつ、お皿に手を伸ばす。一個つまんで、身を殻からとって味わってみる。
「う〜ん、悪くないかも」
その味は、エスカルゴのガーリックバター風味とは違い、スパイスが効いたものだった。あの臭みを消すためにカレーなどのスパイスを使ったような味をイメージしていただきたい。小振りなので、歯ごたえはエスカルゴほどの食べごたえはないけれど、悪くない。まずは一皿を三人で平らげた。

ところが、ここで意外なことが起こった。
「私、だめかも」
と一人脱落したのである。
「美味しいって言っていたじゃない!」
けげんなまなざしを浴びせつつ、私とグルメな同期は二皿目にとりかかった。
しかし、間もなく私たちもカタツムリをとる手をほぼ同時に止めることになる。食べようとして殻から取りだした身を見つめてしまったのだ。
その状態を表現することはあえてしないけれども・・・ つまり、そういうことである。
最初に手を止めた同期も私たち同様、味はともかく、視覚でまいってしまったのだそうだ。

確かに、一度視覚で感じてしまったもの、特に嫌悪感を抱いたものをもう一度口に運ぶには勇気がいる。
と言っても、悲しいかな、
「食卓に出された物は、全部食べなさい!」
という小さいころからしつけられた私は、食べることをギブアップすることはできない。最後には、身を取りだすところはなるべく見ないようにして口に運んだ。
「これは『でんでんむし』ではなくて、『エスカルゴ!』」
そういい聞かせながら。

後日わかったことだけれど、でんでん虫、いえカタツムリは腹足類という軟体動物の一種なのだそうだ。つまり、「海水や淡水に住む巻き貝の仲間」。あのアワビやサザエ、タニシ、ウミウシ、そしてナメクジの仲間と言うことになる。つぶ貝と食感が似ているのも無理はない。
アワビやサザエなどのように食べる習慣のあるものだったら、もしかしたらこのカタツムリも普通に美味しくいただけたのかもしれないけれど、
「♪で〜ん で〜ん む〜しむし・・・」
で育った私たちには、やはりある程度の覚悟(?)を持って食ベざるをえない。

いずれにしても、蛋白質不足をで補うためにカタツムリを食べるようになったそうなので、きっと仕方なく食するようになったのだろう。
果たして今でも、「好んで」この食材をスペインで日常的に取り入れているのかどうかはわからないけれど、機会があればお試しいただきたい。ただし、食べるときには身をあまりまじまじと見ないこと。これが美味しくいただく秘訣である。

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