◆スチュワーデスへの道 〜 地上研修・その1

さて、いよいよ地上研修先へ赴任する日がやって来た。
私を含めて千歳空港で研修を受けるのは三名で、私以外は北海道出身である。彼女達にとっては、おそらく故郷に帰るような気持だったに違いない。彼女達が大学進学のために上京したのは18歳。一方、私は20歳で初めて親元を離れ、東京以外の場所で生活する。たった半年ほどだけれど。好奇心と不安が入り交じった複雑な心境。生まれてこの方、転校すらしたことがない私はとにかく緊張していた。唯一の救いは羽田でのアルバイトで積んだささやかな経験だけだった。

当日、私たちの搭乗する北海道、千歳行きの便は決まっていた。彼女達とはチェックインだけ一緒にして、あとは機内で落ち合うことにした。と言うのも、ちょうどその日は羽田でアルバイトをしていた人達が勤務している日だったので、私はオフィスに顔を出すことになっていたのだ。

「いよいよだね」
挨拶に行くと懐かしい顔ぶれ。そして、新しいといっても4月入社のスチュワーデス訓練生が何人かいた。同年入社になるが、結局彼女達の方が先に訓練に入るので先輩となる。

搭乗時間が近くなった。
「それでは、いってきます」
何となく離れがたい気持を引きずりながらオフィスをあとにした。飛行機に乗るのは大学のオーケストラ部の演奏旅行以来、一年ぶり。しかも、その時と同じ北海道千歳空港へ向かおうとしている。
「縁というのはこういうことをいうのだろうか・・・」
そんなことを思いながらゆっくりと空港の中を歩いた。

私がさっさと搭乗できないのには理由があった。
白黒はっきりさせなければ前へ進めない性格の私は、片思いの人が見送りに来てくれるかどうかで、一つの結論を出そうとしていた。つまり、その人が見送りに来なければこの片思いはそこで終止符を打つことになる。あとから考えてみれば、それは「片思い」、と言うよりは単なる「憧れ」だけの物だったのかも知れない。この思いが相手に通じたところで、私の中にはその先のビジョンがまったくなかったし。まさに「恋に恋する」をそのままいっていた。
私の頭の中は、不安と希望が半分ずつ。しかし、その人の姿を約束の場所にみつけることなく、手荷物検査を受けて搭乗口にいくことになった。すでに待合室にいた人達は飛行機へ乗り込んでいた。

しかたなく飛行機に乗り込むと、他の二人はすでに座席に座ってくつろいでいた。私は通路側の席に座った。学生時代から家族と離れて生活していた彼女達にとって、たとえ数ヶ月でも故郷で仕事ができることはうれしいことらしかった。一方私の気持は正にどん底だった。

「乗務員はドアモードをかえてください」
チーフパーサーのアナウンスが機内に響く。
「ドンッ」
ドアが外側から締められる鈍い音と共に外との空気が完全に遮断された。失恋の傷心とともに、もう気分は棺桶にでも入ったような感じだった。これで少なくとも「試用期間」の3ヶ月は東京の土を踏むことはない。何とも言えない思いが込み上げてきたとき、ふと通路を歩くスチュワーデスの姿が目に入った。来年の今ごろはおそらく私もあんなふうに機内を歩いているに違いない。
「私にもあんな笑顔をふりまけるだろうか?」
スチュワーデスになることはとりあえず約束されているはずなのに、自分の前に立ちふさがるこのどうしようもない不安はいったい何なのだろう。

水平飛行に入ってからベルトのサインが消え、エプロン姿のスチュワーデスがサービスを始めた。私たちの座っている所を担当した乗務員は「美人」というよりは「親しみやすさ」が先行するような人だった。
「はい、おしぼりをどうぞ」
緊張している私をほぐすかの様な笑顔。無意識のうちに、
「ここはリラックスしていい場所なんだ・・・」
と思う。

このとき、いくら容姿が整った人でも試験で落ちてしまう理由がわかったような気がした。そう、その人持っている「雰囲気」つまり「第一印象」が大切なんだ。
おしぼりを取り、その温かさに気持が落着く。おしぼりの風習は日本だけだと聞いたことがあったけれど、こんな効果もあるのかと、今さらながら日本人の繊細な気づかいを感じた。

おしぼりが回収され、お茶とお菓子のサービスが始まった。
「どんなお菓子がでてくるんだろう?」
食べることになると、先ほどの失恋の傷心は何処へやらである。お茶と一緒にサービスされたのはスポンジ菓子だった。おそらく日常この手のお菓子は有り難みを感じないけれど、口にする場所が「機内」というだけでとても貴重な食べ物のように感じるから不思議だ。

お茶を飲みながら、何となくスチュワーデスの様子を見ていた。と、大変なことに気がついた。今ここでサービスしているのは将来の自分の先輩になる人達なのだ!
「お済みでしたらお下げいたします・・・」
もしかしてこの人が自分の直接の先輩になるかもしれない・・・。そう思った途端、一気に緊張してしまった。
「あ、はい、すみません・・・。」

こうして、結果的にはほとんど緊張した状態で千歳空港へ到着した。
飛行機を降りて到着ロビーへ向かう。他の二人は慣れたもので、さっさと手荷物がでてくるターンテーブルの方へ行く。
「この空港で約五ヶ月か・・・」
ざわめくロビーはちょうど夏休みに入ったこともあって、これから観光に出かける団体でごった返していた。
「○○ちゃん!」(この○○は私の名字)
名字に「ちゃん」を付けて呼ばれたのはこのときが初めてだった。しかも、そう言うふうに呼ぶ知り合いは私にはいない。
声のするほうを見るとカウンターの職員の制服を着た女性が私に手招きしている。

一体この人はだれ??

 

地上研修・その2に続く

 

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