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◆ 地上研修 〜 繁忙期
千歳空港の繁忙期は北海道でいう「観光シーズン」、「スキーシーズン」にあたる。
私が研修をしはじめた頃もちょうど「夏」の繁忙期で、とても忙しかった。
通常設定されている便よりも増便され、それでも対処しきれないときには臨時便まで出る。来る日も来る日も空港のロビーは人でごった返し、旅慣れない方もいらっしゃるせいか、トラブルも多い。そんなときは私たち航空会社の人間だけでなく、観光旅行の添乗員さんも必死の形相である。
さて、その日私の担当した東京行きの便にも「空席待ち」がでていた。搭乗が始まってからしばらくして、キャンセル待ちの番号順にお客様をチェックインすることになった。空席がでたのだ。
「お待たせいたしました、空席待ち番号○番のお客様・・・」
キャンセル待ちのお客様はどの便に乗れるのかわからないので、荷物を持ってチェックイン・カウンターの側で待機していらっしゃる。
その便では、特に最後のキャンセル待ちの番号を呼ばれた中年女性の荷物がすごかった。麻製で底にキャスターの付いた大きな手提げ(観光地にありがちのあれである)には、ぱんぱんに荷物が詰められており、もはや「手提げ」とはいえない形になっているものと、旅行用のボストンバック、そしてかばんに入りきらなかったお土産の袋を持っている。北海道は観光地であるし、お土産物が多いのもわかるけれど、普通はそこまで買わないでしょう、と思うくらいのお土産の山である。しかし、そのお客様の体格からすると不思議と、「重たそうで大変」と言う感じはしなかった。
「申し訳ございません、この方で満席となります」
その中年女性のお客様はホッとしたように航空券を差し出した。と同時にチェックインしたプロパーが、
「お急ぎくださいませ」
と言ったからさあ大変。そのお客様は、お尻に火がついたように走り出した。出発の時刻が迫っているので、荷物は機内持ち込みとなる。持て余した荷物に私が見かねて、
「お荷物をお持ちします!」
といって手を差し伸べると、
「じゃあ、これ」
と言って一番大きな麻の袋を手渡した。その女性が持っている分にはさして重たそうに見えなかったその袋は見かけとは全く逆で、一瞬、
「うっそでしょ!?」
という重さだった。両手で手提げの部分を持ってお客様の後を追いかける。私は中学の陸上部での特訓を思い出していた。
「お客様、お座席番号は・・・・」
「57F!」
よりにもよって、である。というのも、そのジャンボ機の一階席の最後列は60番。ということは、飛行機の一番前のドアから後うしろまでの距離はだいたいご想像いただけると思う。
シップサイド(飛行機のドア口)についた。その便のチーフとアシスタントパーサーがドアの前に立っている。
「あの、このお客様のお荷物なんですけれど・・・」
私はそのアシスタントパーサーに荷物を託すつもりでそう言った。
「はい、どうぞ・・・」
つまり、私に荷物を持っていけ、と言っているらしい。時間もないので、
「では、入ります!」
と大きな声で言って客室に入り、お客様の後についていった。通常なら、手の空いたスチュワーデスがバトンタッチしてくれるはずなのだが、
「たいへんですねえ・・・」
と言うまなざしを投げ掛けるくらいである。スチュワーデスの制服と私の着ているグランドホステスの制服は明らかに違うので、座席に座っているお客様も気の毒そうに私を見ているのがわかった。
どうにかこうにか「57F」へ辿り着き、一番前のドアへ向かおうとしたその瞬間、私は自分の耳を疑った。
「乗務員はドアモードを換えてください」
チーフパーサーがアナウンスしているのである。つまり、このアナウンスの意味することは、
「出発の準備が整ったので一番前のドアを締めましたよ、ボーディング・ブリッジもはずしますよ」
と言うことなのだ。
「じゃあ、今いる私はどうなるの?満席ならば私の座る席だってないじゃないの!」
そう思ったとき、私の姿に気がついたスチュワーデスがチーフに連絡を取ってくれた。
以前、この状態に似たようなことが羽田でもあったことを聞かされていた私は、頭が真っ白になるということはなかった。(ちなみに客室に入ったままドアを閉められたプロパーは、空席があったため、そこに座って離陸してしまったようだ。)しかし、そんなことよりも、結果的にこの便の出発を遅らせる原因に自分がなってしまったことに対して申し訳ない気持と、客室乗務員に自分が客室に入ることを口頭で言ったにも関わらず忘れたれていたことにがっかりさせられた気持でいっぱいだった。
一番前のドアへいくと、チーフパーサーがいまいましそうな表情で私を迎えた。そして、彼が私に声をかけるより先にドアの側に座っていたお客様が、
「たいへんだねえ」
と笑いながら話しかけてきた。
「はい、すみません・・・」
私はそう答えるしかなかったが、このおかげでそのチーフパーサーのイヤミを聞かずにすんだ。
ドアにある小さな窓を見ると、一度離れたボーディング・ブリッジが再びこちらへ移動してくるところだった。そして、その先端には地上職の男性が二人とドア操作をする職員が機嫌悪そうに待機していた。
「コンコンッ!」
ドアの外からノックが聞こえて、ドアモードを確認したチーフがO.K.のサインを送る。ドアが開くと同時に待機していた地上職員が声を揃えて言った。
「な〜んだ!」
私はわけがわからず、チーフとそこに座っていらしたお客様に、
「失礼いたしました」
と言って頭を下げて飛行機を後にした。
それにしても、「な〜んだ!」とはなんだ?
「いや、連絡では降りたいお客様がいらっしゃるっていうから、チケットの精算とかあるだろ?いろいろややこしいことになるなあ、と思っていたところへ○○ちゃんが立ってるからさあ。」
ああ、なるほど、そうだったんだ。
「でもさ、あのまま飛行機に乗っちゃえばよかったのにねえ、満席だったけどさ。東京行きだよ?」
そう言って二人とも笑った。
そうなのだ。私が東京を恋しく思っていること、いや、私だけでなく、東京出身のS訓がみんなそう思っていることをプロパーはみんな、何らかの形で感じていたのである。
しかし、三ヶ月の試用期間が終わるまでは帰ることはできない。私が東京行きの便に乗れるまでには後一ヶ月あった。
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