◆ 地上研修 〜 東京

傍からどのように映っているかはわからないけれど、私の性格は善くも悪しくも、
「順応性があること」
だと思っている。そのおかげか試用期間が終わる頃には、
「ここにいるのが当たり前」
と自分でも思えるようになっていた。

千歳で研修することが決まったとき、北海道出身の同期が緊張気味の私を心配して、まずはじめにつまずきそうな言葉をアドバイスしてくれたことがあった。
「もし、『それ、なげて!』と言われても、投げちゃだめよ?これはね、『それ、捨てておいて』っていうことなんだからね?」

この「なげる」という言葉をはじめとした、彼女が教えてくれたいくつかの予備知識は、私が職場にとけこむきっかけを作るのに多いに役立った。

しかし、こういう「馴染んだ状態」にいても、急に場所が変わると一転して、「浮いた状態」になってしまう。そのことをすっかり忘れて私は初めての有給休暇を使って東京へ戻ったのだった。

私にとってはたった三ヶ月の試用期間。と言っても家族にとっては離れて過ごしていた分、その間のことはいろいろと気にかかっていたのだろう。口を開く度に質問攻めである。研修の様子、寮での生活・・・。心配になるのはわかるけれど、私にはまるで反抗期を迎えた時期のようにすべてがノイズになってしまう。
「うるさい、ほっといて」
の心境。離れることで家族の有難みを感じていたはずなのに、なまじっか寮で個室の生活、「自分だけの時間」に味を占めてしまったのが原因だろう。全く皮肉なものである。そして、揚げ句の果てには、
「道産子になって帰ってきた」
と言われる始末。確かに、
「これなげる?」
なんて無意識に言ってたせいもあり、家族としては心配になったらしい。ちなみに私の家族もほとんどこの東京を離れて暮らしたことがなかった。

研修中は帰りたくてたまらなかった東京。しかし、そんな思いもあっという間に消えてしまった。たった三ヶ月だけれど、空港から一歩出てしまえば青空が広がっている、そんな北海道の空気に身体も慣れてしまったのかもしれない。

せっかく渋谷などへ買い物に出かけても、人込みの歩き方をすっかり忘れていた。人にぶつからないように歩くとまっすぐ行けない。かといって躊躇すると、容赦なくおばさんの買い物袋に叩かれる。とっさに、
「すみません!」
と言ったところで、ぶつかった相手はもういない。

いつだったか、東京に大雪が降ったことがあった。その雪道で転倒した人達のインタビューの中で、
「すっかり雪道の歩き方を忘れてしまいました;;」
と新潟出身の男性が話しているのを見たことがあるけれど、きっとこんな心境だったのだろう。

おかしなもので、一つのことでつまずくと、それ以降自分の思うことがうまく運ばなくなっていく。揚げ句の果てに、
「私が帰りたいと思っていた東京ってこんな所だっただろうか?」
帰省二日目にして、私は早くも北海道へ戻りたい気持ちで一杯になっていた。

それでも予定通り数日実家で過ごし、「ようやく」千歳へ戻る日がやって来ると、
「十二月に帰ってくるね〜!」
三ヶ月前の千歳へ向かうときが嘘のように足取りも軽く羽田へ。とにかくこの人込みの息苦しさから、狭い空から早く抜け出したい気持ちでいっぱいだった。もし、東京に恋人でもいれば話は違うのだろうけれど、残念ながらあの失恋以来、新しい恋を見つけられないでいた。

ようやく千歳空港に到着し、建物から外にでると、やはり空気が違った。空も広い。気持がホッとする。たった三ヶ月でこの千歳が自分の第二の故郷の様な存在になってしまったらしい。

ここで過ごすのもあと二ヶ月あまり。今までの三ヶ月よりももっと早く過ぎてしまうだろう。

秋が通り過ぎてしまったことを知らせるかのように、千歳の空気はいつの間にか冷たくなってきていた。

 

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