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◆ 地上研修 〜 教官が来る日 秋が紅葉の終わりと共に去った十月下旬のある日、私たちの客室訓練が、十二月中旬から始まる事が明らかになった。また、それに伴って「面接日」も発表になった。 「面接日」・・・この日は東京の客室訓練部から入社のときの担任教官が研修先に来て、S訓達と面接をする、というもの。いわゆる、 当日のスケジュールは、まず教官を囲んだ会食から始まることになっていた。 実はこの地上研修に入るとき、二つの宿題がでていた。 「皆様、この飛行機はまもなく離陸いたします・・・」 何気なく機内で聞いているアナウンス。実は私のいた会社では独自に「グレード(級のようなもの)」を一から五段階まで設けており、これが三に達してしていないと機内でマイクを持てない、という厳しい規則になっていた。そして、訓練所でそのグレード三を取ることはかなり難しいとされており、ほとんどのスチュワーデスは、実際に機内で仕事をしながらそのグレードを取るべく訓練をし、資格を得ていた。 いずれ取らなくてはならないグレードなら早く取り掛かるに越したことはない。私は研修中になるべくそのアナウンスに「慣れること」にした。 研修前にモデルテープはダビングしていたので、それを毎日聞くことによって耳から覚えようと思った。学生時代のオーケストラ部のときもそうだったのだけれど、音譜が読めない私はとにかく耳から曲を覚えるのが常だった。耳から覚えるのは英語を学習するときも同じ。とにかく音楽を聴くようにテープを聴く。 そして、聴くことを習慣づけるには、毎日することと結びつけるのが確実とばかり、私はお化粧をするときには必ずアナウンスのテープを聴くようにした。そして、アナウンサーがおそらくするように、 この成果は案外と早く表れた。始めてからおよそ一ヶ月、カウンター業務でのアナウンスでいわゆる「ろれつがまわらなくなる」とか「かむ」といったことがなくなった。 さて、お昼の会食が空港支店の会議室で始まった。 「みんな元気そうだね。研修の方はどうかな・・・」 それが終わると、簡単に今の職場のこと、これからの訓練に関することなどを、面接というよりは発表するような形で、私たち一人ひとりが話すことになった。 そして、その頭の中には、 とはいうものの、私たちが入社訓練を受けていたとき、つまりまだ学生気分がぬけていないあの雰囲気からは、これからの訓練がどんなに厳しいものなのかは想像できないでいたのだけれど。 「実際に客室訓練に入ったら、担当の教官は国内線を乗務している現役のパーサー、もしくはアシスタント・パーサーになるので、私は君たちを教えることはなくなります。」 「では、宿題の方をちょっとチェックさせてもらいましょうか。」 離陸、ベルトサイン・オンなどのアナウンスを日本語、英語の順番に一人ずつプリントを見ながら読んでいく。一人読み終わるごとにイントネーションや発音の事などのアドバイスをもらう。やはり普段の業務内容もあってか、やはりカウンター業務についている方が多少聴きやすいような印象を受けた。 「また、アナウンスに関しては訓練にきちんと組み込まれていますから、これからも練習していってください・・・」 一通りのことが終わって、談笑していた私たちだったけれど、ノックの音で中断。そして、 「じゃあ、残り少ない研修、がんばって。訓練所で待っているからね・・・」 「なんだあ、教官かわっちゃうんだ・・・」 気持がしんみりすると同時に、私たちの中には訓練に対する不安がますます広がっていく。頼みに思っていた教官も代わってしまう。せっかく研修先で覚えてきた仕事も訓練に入ってしまえば意味がなくなる。 再び頭の中には半べそをかいて、 制服を着て飛行機の中でにっこり笑ってお仕事、などというのは、果てしなく遠い話のような気がしていた。
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