地上研修 〜 教官が来る日

秋が紅葉の終わりと共に去った十月下旬のある日、私たちの客室訓練が、十二月中旬から始まる事が明らかになった。また、それに伴って「面接日」も発表になった。

「面接日」・・・この日は東京の客室訓練部から入社のときの担任教官が研修先に来て、S訓達と面接をする、というもの。いわゆる、
「これから訓練が始まるんだよ」
と、気を引き締めにやって来るというわけ。
(だと私は思っていたのだけれど、この理由は定かではない。)

当日のスケジュールは、まず教官を囲んだ会食から始まることになっていた。
私たち同期三人は、通常のシフト勤務から外され、札幌市内支店にいた他の三人の同期と、空港支店で一緒に面接を受けることになった。
彼女達とは赴任後まもなく札幌でランチをしたくらいで、お互いに仕事の状況も違ったこともあり、これまでほとんど交流はなかった。

実はこの地上研修に入るとき、二つの宿題がでていた。
一つは英語のプリント。英語の問いに答えを記入するもの。
そしてもう一つは「機内アナウンス」。

「皆様、この飛行機はまもなく離陸いたします・・・」
というあの文。しかも日本語だけでなく英語も練習しておくこと。前者は訓練に入る当日に提出すればよかったけれど、後者のアナウンスのチェックはその「面接日」に行われることになっていた。

何気なく機内で聞いているアナウンス。実は私のいた会社では独自に「グレード(級のようなもの)」を一から五段階まで設けており、これが三に達してしていないと機内でマイクを持てない、という厳しい規則になっていた。そして、訓練所でそのグレード三を取ることはかなり難しいとされており、ほとんどのスチュワーデスは、実際に機内で仕事をしながらそのグレードを取るべく訓練をし、資格を得ていた。

いずれ取らなくてはならないグレードなら早く取り掛かるに越したことはない。私は研修中になるべくそのアナウンスに「慣れること」にした。

研修前にモデルテープはダビングしていたので、それを毎日聞くことによって耳から覚えようと思った。学生時代のオーケストラ部のときもそうだったのだけれど、音譜が読めない私はとにかく耳から曲を覚えるのが常だった。耳から覚えるのは英語を学習するときも同じ。とにかく音楽を聴くようにテープを聴く。

そして、聴くことを習慣づけるには、毎日することと結びつけるのが確実とばかり、私はお化粧をするときには必ずアナウンスのテープを聴くようにした。そして、アナウンサーがおそらくするように、
「ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ・・・」
と口を大きく動かす訓練も試してみた。

この成果は案外と早く表れた。始めてからおよそ一ヶ月、カウンター業務でのアナウンスでいわゆる「ろれつがまわらなくなる」とか「かむ」といったことがなくなった。

さて、お昼の会食が空港支店の会議室で始まった。

「みんな元気そうだね。研修の方はどうかな・・・」
相変わらずドラえもんのような風貌からは想像できないような柔らかな声で、男性教官は話し始めた。そして、これから訓練が具体的にいつから始まるのかや、研修地を離れる際の書類の手続きなど、一通りの説明があった。

それが終わると、簡単に今の職場のこと、これからの訓練に関することなどを、面接というよりは発表するような形で、私たち一人ひとりが話すことになった。
みんな共通して話題にしていたことは、やはりこれからの訓練に関する不安だった。

そして、その頭の中には、
「教官〜!」
なんて叫んでいるテレビドラマ「スチュワーデス物語」のヒロインの姿がちらついているのだった。

とはいうものの、私たちが入社訓練を受けていたとき、つまりまだ学生気分がぬけていないあの雰囲気からは、これからの訓練がどんなに厳しいものなのかは想像できないでいたのだけれど。

「実際に客室訓練に入ったら、担当の教官は国内線を乗務している現役のパーサー、もしくはアシスタント・パーサーになるので、私は君たちを教えることはなくなります。」
つまり、入社してから研修期間が終わるまでが、このドラえもん教官の担当、ということらしい。

「では、宿題の方をちょっとチェックさせてもらいましょうか。」

離陸、ベルトサイン・オンなどのアナウンスを日本語、英語の順番に一人ずつプリントを見ながら読んでいく。一人読み終わるごとにイントネーションや発音の事などのアドバイスをもらう。やはり普段の業務内容もあってか、やはりカウンター業務についている方が多少聴きやすいような印象を受けた。

「また、アナウンスに関しては訓練にきちんと組み込まれていますから、これからも練習していってください・・・」
本日の山場、と思っていたアナウンスがすんなり終わってしまったので、私はいささか拍子抜けしてしまった。

一通りのことが終わって、談笑していた私たちだったけれど、ノックの音で中断。そして、
「教官、そろそろ・・・」
と言うプロパーの声。
「あ、もうそんな時間ですか。」
東京行きの飛行機の搭乗時間だという。

「じゃあ、残り少ない研修、がんばって。訓練所で待っているからね・・・」
慌ただしく荷物をまとめて、さきほどのプロパーに、
「どうぞこの子達をよろしくおねがいします・・・」
とまるで自分の子どもを先生に託す親のように、深々と頭を下げて部屋を出ていった。
「市内支店の人たちはこれから空港見学をしますから、荷物をまとめておいてください」
プロパーはそう言い残して教官の後に続いた。

「なんだあ、教官かわっちゃうんだ・・・」
誰かが漏らしたその言葉にみんな同調した。
「残念だね・・・」

気持がしんみりすると同時に、私たちの中には訓練に対する不安がますます広がっていく。頼みに思っていた教官も代わってしまう。せっかく研修先で覚えてきた仕事も訓練に入ってしまえば意味がなくなる。
(このときはまだこの研修でしてきた仕事がこれから実際の機内でどんなに役に立つか、など考えもしなかった。)

再び頭の中には半べそをかいて、
「教官〜!」
と叫んでいるテレビヒロインの姿が。

制服を着て飛行機の中でにっこり笑ってお仕事、などというのは、果てしなく遠い話のような気がしていた。

 

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