◆ はじめに

 一般的に「スチュワーデス」は、何か特別な意味を含んだ、とても「よい職業」として紹介されることが多いのではないでしょうか。

 たとえば、初対面の方とお話をするときに自分に乗務経験があるとわかると、もう相手の頭の中にはいわゆる「スチュワーデスさん」のイメージでいっぱいになってしまうのがこちらとしてもわかります。

「いいことばかりではないのですよ」
とか、
「だからといって、特別な人間ではないのですよ」
と説明したいのですが、とてもわかっていただけそうにありません。
もしかしたら自慢話と受け取られてしまう可能性もありますし、下手をすれば相手の方が、
「スチュワーデスと言う職業の大変な部分に興味はないよ」
とか、
「スチュワーデスであったという事実の方が、あなたの人格より大事なんだよ」
と思っているのではないか、という気さえしてしまいます。

 自分という人間を知っていただく前に、良い意味でも悪い意味でも、ある先入観を相手の方に植え付けてしまうことは、私としても不本意でなりませんでした。

 本などでも「スチュワーデスの・・・」と名のつくものは、それだけで売り上げ部数が伸びるというのですから、それだけみなさんに関心をもっていただいていることはありがたいような気もします。しかし、会社員である前にスチュワーデス、そしてそれ以前に「女性であること」を業務のひとつとして働かねばならない特殊な職場は、好奇と羨望の目にさらされるのとは裏腹に、いつも孤独なところでもありました。

 

 私自身としても、現役時代にはなかなか自分のおかれている立場をそのまま受け止めるのは難しいことでした。しかし、時間が経って、ふと当時のころに思いをはせるとき、実は私たちの職業そのものがあまり正確な形で知られていないことに改めて気付かざるをえませんでした。もちろん、現役のときにもそのギャップにはいささかの疑問を感じてはいましたが、その現場にいては客観的にとらえることも出来なかったし、なかなか周囲の共感を得ることも難しかったので、言い訳めいたことはあえてしませんでした。

 またその一方で、「日本の客室乗務員がほとんど女性である」ということから、時として偏見の目で見られる要素を自ずから含んでいる事もまた事実です。

 しかし、メディアでの取り上げ方はいつも面白おかしく、時に興味本位で偶像化されたそれがそのままに流れていきます。またそれを見た人々がそれを鵜呑みにして、いつのまにか「スチュワーデス」と言う職業の一面だけが強調され、つくりあげられているのも確かだと思います。
(また、そうやって祭り上げられ、誇張されたスチュワーデス像を望んでいる人たちが多いということもあるかもしれません)

 考えてみるとそうした誤解は、スチュワーデスを、「単なる興味本位的な冷やかし」ではなく紹介したものがないということが、いつまでも過大評価や不本意な評価の対象とされてしまう原因なのかもしれません。

 ですから、このエッセイでは、私の経験を通して、少しでも彼女たちの笑顔の下に隠された苦労を知っていただくとともに、「スチュワーデス」はごくごく普通の人たち(確かに時差や体力、精神的なことなど、少し特殊なことを伴うにしても)の職場であることをわかっていただけたら、と思います。

 また、「特殊な職場」にいたがために変わっていった周囲の環境と人々・・・。そして、スチュワーデスという職業だからこそできた、よい経験、悪い経験も織りまぜて紹介していくつもりです。

 そして、少なくともこのエッセイを読んだあとに、今までのメディアがつくりあげてきた「スチュワーデス像」は少し歪んでいることをわかっていただき、もっと身近に飛行機のなかでの職場を感じていただければ嬉しく思います。

 


* なお、このエッセイは日本のバブル期が背景となっているため、現在の航空会社のサービス内容とは異なっていることをご了承ください。また、各国の様子も現在とは多少違っています。

 

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