◆ 話の種

機内でお会いするお客様は、ご存知のように様々な年齢、職業の方がいらっしゃる。
そして私たちはほとんどの場合、初対面の方にサービスをすることになる。決まったサービスのほかにもお話をする機会もあるので、場合によっては、
「沈黙は金」
とも言ってはいられない状況になる。いつもお客様にに快適な空間を提供するために、「会話」を使ってそれを演出することもある。
つまり、時には聞き上手、あるいは話し上手にならなければならない。

「いろいろな人と接する機会があるのなら、初対面の人と話すのは得意でしょう」
などと言われることもあるけれど、クルーだから(あるいはその経験があるから)絶対にそうに違いない、と思われるのはいささか心外。

強いて言えばクルーの場合、人一倍の度胸、心臓の持ち主であることに助けられているからかもしれない。そうでなければ、人にサービスをしたり、いざというときに人の命を助けたりはできないだろう。職場の面々を見ても、度胸というか、心臓の強さはある程度「素質」なのかもしれない、と思ったりもする。でも、これはあくまでも私の印象に過ぎないけれど。

とは言うものの、度胸だけあったところで、
「初対面の方とお話できる(会話が続く、といったほうが分かりやすいかもしれない)」
わけではない。日ごろからビジネスマンのようにニュースをチェックし、流行を把握し、当たり障りのない芸能ネタまで網羅するようにアンテナをはっている(それを努力と呼ぶかどうかは人によるけれど)。また、人と話をすることが情報収集につながっていることもあり、正に、
「お話をすることでこちらが勉強させていただく」
こともある。
だから女性がお互い初対面でも話題が続くのは、日ごろからの雑談によるところが多いといえるのではないだろうか。確かにクルーの場合は訓練され、場数を踏んで鍛えられる部分があるので、その分は優位なのかもしれない。

また女性の場合、たわいのないことから話題のエッセンスが抽出され、話が広がる事も多い。
「全く無駄な話ばかりして!」
と男性はそんなおしゃべりに閉口することが多いようだけれど、この情報網、量ともにあなどってはいけない。
例えば、いわゆる「噂話」の広まり方を想像していただきたい。時にメディア顔負けに速い事もあるし、そしてその浸透率といったら!
ただし、どんな話にも話し手の主観が少なからず入っていることが多いので、「真実」が見えにくいことに注意しなければならないのはいうまでもないけれど。

一方、男性の場合は女性のようにおしゃべりだけに時間を費やすということがないらしい。それだけに多少の情報収集は必要になることもあるだろう。仕事をしていらっしゃる年代ならなおさらだ。でも新聞やニュースからでも話題はみつけられるので、話しかけるちょっとの勇気があれば、とりあえず日本語の通じる相手なら問題はないだろう。
でも、相手が外国人でビジネス絡みだったら?それは極めて深刻な状態になるかもしれない。

機内で40代くらいのビジネスマンのお客様とお話をしたときのこと。
出張で海外を訪れる事が多く、初対面の外国人と接する機会も多い、という話になった。
「日本人同士の会話はどうにかなるのですが、やはり英語での会話、つまり相手が外国人だと話が続かなくて」
そこで私が、
「初対面で相手の方が外国人だと確かに話題に困りますよね、特に当たり障りのない話をしなければなりませんし・・・」
そんなふうに言うとそのお客様、
「それで考えたのがこれなんです」
と待ってましたとばかり、ちょっと分厚く見える黒いお財布(横長タイプ)を胸ポケットから取り出した。
え?いきなりお札出しちゃうんですか?・・・と思ったら、とりだしたのはきれいな折り紙だった。
「結構これで間が持つんですよ、折り紙です」
このお客様はいつもお財布に折り紙を持っていらして、それで簡単なものを折って見せるそうだ。日本人にはさして珍しくもないこの折り紙が海外ではとても珍しい。折り方を教えて欲しいといわれることもあって、ちょっとした話題になる。
「ああ、それはいいアイディアですね、参考にさせていただきます」
私はそう答えながら、やはり同じことをみんな考えるのだなあ、と思った。何を隠そう、私自身、仕事のショルダーバッグには必ず折り紙を入れて持ち歩いていたのだから。

実は高校二年の文化祭の時に、私は有志の友人達と「折り紙」についての研究発表をしたことがあった。
「研究」といってもなんということはない、ひたすら折り紙を折るだけのことだったのだけれど。
「どうしてこんなものまで折り紙に?」
というものを折って教室にディスプレイして発表した。「パンダ」、「カエル」くらいはいいけれど、「人面」など複雑なものには本当に苦労した。

特に模造紙を折り紙に見立ててキリンを折ったのが一番大変だった。経験がある方もいらっしゃるだろう、この手の解説書はとにかくわかりにくい。それでもどうにかこうにかみんなで折りあげたとき、
「もう二度と折れないね」
と苦笑したのを覚えている。

そんな中、私がはまっていたのは「連鶴」。一枚の紙から文字通り「連なった鶴」を折る、というもの。油断をすればつながっている部分が切れてしまうので難しい。16羽くらいはなんなく「連鶴」として成立した。その文化祭でも展示の際にいらしてくださったお客様と多少の話題作りにもなったので、これは話の種として使える、と思ったのだった。
日本人なら恐らくみんな折ることができる鶴。それが連なっていれば、自分にもできるかもしれない、いやできる、とばかりに少し興味のある人なら敢えて挑戦したくなるのではないか。しかもこのたった一枚の紙は、折り方によって様々なものに生まれ変われる・・・。

そんな経験から、私は仕事用のショルダーバックに折り紙を入れていた。機内で子供と遊ぶとき、あるいはお手洗いの飾りに使うために、空いている時間があると連鶴を始め、基本的な折り紙を折っていたのだった。そしてそれは実際、そのビジネスマンの方がおっしゃる通り、ちょっとした話の種、話題作りに役立っていた。

こんなこともあった。
ニューヨークから日本へ向かう飛行機でアメリカ人のバレエ団(つまりバレエ・ダンサー)が乗っていた時のこと。
とにかく飛行時間が長いので、みんな飽きてしまっている。ちょっとしたきっかけがあってその中の一人と話すことがあり、
「折り紙って知っていますか?」
と言って目の前で鶴と紙風船を折って見せた。すると、
「これはすごい、折り方を教えて!」
と言われて、その座席周辺がちょっとした「折り紙教室」になってしまった。
「それでは、頑張ってくださいね!」
私はほかの仕事もあるので、そう言い残してその場を離れた。

しばらくして様子を見に行いくと、あちらこちらでみんな一生懸命に折り紙を折っている。何度も折り直しているせいか、紙は折り目があちこちについて切れそうになっている人もいた。中には諦めて「紙くず」と化しているものもあった。できあがった思われるものも、
「これ何?」
というものがほとんどで、お世辞にもそれだ、とわかるものがなかった。でも、何か声をかけなくてはならない。
そこで思わず私の口をついて出たのは、
「これはあなたのオリジナルですか?」
そしてそれがどういうわけか周囲に大受け。そのオリジナル折り紙は彼らの話題になり、客室の雰囲気も和んでサービスする上でも大変良い雰囲気になったのだった。

それから少したってからわかったことだけれど、私たちがごく当たり前のように折ってしまう折り紙は一つの文化、芸術として海外では受け入れられていた。ちなみにアメリカの書店などでも、「ORIGAMI」という英語の解説書があるほどだった。

このように思わぬことが話題につながり、その場をなごませることにつながることもある。一見話すのが得意そうに見える人は、恐らくこんな話の種をたくさん持っているのだろう。そしてほんの少しの勇気があれば、きっとみんな、
「初対面の人と話すのが得意な人」
になれる・・・かもしれない。

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