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◆ とりあえず、ハワイ 〜 初めての海外・その2
そして、自分の家族に対しても、自分が外国に行くことに必要以上の緊張をしていることを悟られてはならなかった。 そして、出発当日。 私が搭乗予定のホノルル行きは最終便。それは単に航空会社の最終便というだけでなく、成田を飛び立つ一番最後の飛行機だった。そして、出発する同じ日のお昼過ぎにはホノルルへ到着予定。時差については考えると頭がおかしくなりそうなのでやめた。 時間が遅いせいか、目に見えて出発ロビーにいる人の数は減っていき、時間を潰していたレストランも、人はまばら。そうなると、否応なしに私の緊張は高まっていく。 そこで気分を少し落着かせようと、公衆電話に向かった。一人ではどうしようもない。話をすれば少しは落着くような気がした。とはいうものの、情けないことに私が電話をかけたのは、仲のいい同期。付き合っている人でもいれば彼に電話をするのだろうけれど(いや、それ以前にその彼と旅行へでも行くのだろうけれど(笑))、あいにくとそんな気の利いた相手はいなかった。 「大丈夫?ほら、ハワイだし、心配することはないわよ。気をつけて行っていらっしゃい」 待合室のイスに座って、ふとその窓の外を見る。誘導灯や飛行機のライトがまるで星のようにきらきらと瞬いているように見えた。 「お待たせいたしました・・・」 機内に一歩入ると、国内線の雰囲気とは全く違っていた。 かつて何度か飛行機のスケジュールの関係上、国際線仕様の飛行機で仕事をしたことはあった。ただ、国内線は飛行時間が短かく、サービスするものもかなり限られているので、ギャレーの収納場所は有り余る程だったことを覚えている。 私はギャレー横を通過する際に、ふとその中を見た。すると、あの時何も入っていなかったはずのカートの収納スペースがいっぱいになっている。明らかに国際線と国内線の搭載量から、そのサービスの違いを目の当たりにしたような気がした。 私は自分の座席に座ると、恐らく初めて飛行機に乗った人が皆そうするように前のシートポケットに何が入っているのかチェックし始めた。私は三席並んだ通路側の席。幸い、まだ隣の二席には誰も座っていない。それをいいことに、私は何の気兼ねもなく、シートポケットの中身を取り出した。 国内線のそれと比べて違うのは、機内セールスの案内と、メニューが入っているくらい。でも、イヤフォンがない。隣が空席だったので、とりあえずそのシートポケットも見てみる。でも見つからない。と、その時、 その当時(1980年代後半)、太平洋路線は「イヤフォン」と「アルコール」が有料だった。(どちらもフリーになったのは、この十年くらいのことではなかろうか) どうしよう、映画も見たいけれど・・・と思ったその矢先、 「ドアモードを換えてください・・・」
その3に続く・・・
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