◆ とりあえず、ハワイ 〜 初めての海外・その2


「すでに自分はスチュワーデスとして仕事をしている」
そんなプライドからか、私がいかに今回の旅行に緊張しているかを悟られないようにしていた。接客の際に、
「相手の立場になって考えること」
は、より良いサービスをするために必要だけれど、今回ばかりはそのことが裏目にでてしまっていた。
「スチュワーデスなのだから・・・。」
ただでさえ、周囲からそう思われていることは日々の生活でわかっていた。
もし、この緊張した状態をあからさまに周囲に打ち明ければ、それはそれで面白い話の種になるだろう。しかし、スチュワーデスがいろいろな意味で期待されている職種であることがわかるだけに、私としては意地でも弱みを人に見せたくなかった。ごく一般の「スチュワーデス像」を壊してはいけない、そんな使命感すらあった。

そして、自分の家族に対しても、自分が外国に行くことに必要以上の緊張をしていることを悟られてはならなかった。
「外国へ行っても樽の上で踊らされない」
という実績を作らなければならない。みんな信じているわけではないので、これはあくまでも例え。つまり、
「海外旅行は思っているよりも危険ではない」
ということを、鎖国状態に近い我が家に知らしめなければならない。そうでなければ、せっかくの海外旅行のチャンスがやって来たとしても、恐らく棒に振ってしまいかねなかった。そんな役割を勝手に担った自分は、例えて言えば「使節」というところかもしれない。

そして、出発当日。
「樽の上で踊らされないようにね(笑)」
家族からのこのセンテンスで見送られたことはいうまでもない。

私が搭乗予定のホノルル行きは最終便。それは単に航空会社の最終便というだけでなく、成田を飛び立つ一番最後の飛行機だった。そして、出発する同じ日のお昼過ぎにはホノルルへ到着予定。時差については考えると頭がおかしくなりそうなのでやめた。

時間が遅いせいか、目に見えて出発ロビーにいる人の数は減っていき、時間を潰していたレストランも、人はまばら。そうなると、否応なしに私の緊張は高まっていく。

そこで気分を少し落着かせようと、公衆電話に向かった。一人ではどうしようもない。話をすれば少しは落着くような気がした。とはいうものの、情けないことに私が電話をかけたのは、仲のいい同期。付き合っている人でもいれば彼に電話をするのだろうけれど(いや、それ以前にその彼と旅行へでも行くのだろうけれど(笑))、あいにくとそんな気の利いた相手はいなかった。

「大丈夫?ほら、ハワイだし、心配することはないわよ。気をつけて行っていらっしゃい」
そう。ハワイへいく。しかもリゾート地ハワイに行くのに今から緊張してどうするの。彼女と話すことでそう自分に言い聞かせるくらいの落ち着きは取り戻した。私は、受話器を置き、ようやく気を取り直して出国の手続きを済ませた。
途中の免税店を見て回ることもなく、とにかくわき目も振らず、人もまばらな搭乗待合室へ一直線。ああ、やはり私は小心者だ。

待合室のイスに座って、ふとその窓の外を見る。誘導灯や飛行機のライトがまるで星のようにきらきらと瞬いているように見えた。
夜の空港は本当にロマンチックだ。

「お待たせいたしました・・・」
そうこうしているうちに搭乗の時間。アナウンスの声に乗客達が一斉に腰を上げる。

機内に一歩入ると、国内線の雰囲気とは全く違っていた。
まず、行き先がリゾート地のせいか、お客様ものんびりとしている。そういえば、機内に流れている音楽はハワイアン。今までの緊張が程よくとけていくのはこの音楽のせいかもしれなかった。

かつて何度か飛行機のスケジュールの関係上、国際線仕様の飛行機で仕事をしたことはあった。ただ、国内線は飛行時間が短かく、サービスするものもかなり限られているので、ギャレーの収納場所は有り余る程だったことを覚えている。

私はギャレー横を通過する際に、ふとその中を見た。すると、あの時何も入っていなかったはずのカートの収納スペースがいっぱいになっている。明らかに国際線と国内線の搭載量から、そのサービスの違いを目の当たりにしたような気がした。

私は自分の座席に座ると、恐らく初めて飛行機に乗った人が皆そうするように前のシートポケットに何が入っているのかチェックし始めた。私は三席並んだ通路側の席。幸い、まだ隣の二席には誰も座っていない。それをいいことに、私は何の気兼ねもなく、シートポケットの中身を取り出した。

国内線のそれと比べて違うのは、機内セールスの案内と、メニューが入っているくらい。でも、イヤフォンがない。隣が空席だったので、とりあえずそのシートポケットも見てみる。でも見つからない。と、その時、
「イヤフォンはいかがですか・・・」
と、まるで野球場でビールでも売りに来るような感じでスチュワーデスがイヤフォンと小銭をのせたトレイをもって歩いてきた。

その当時(1980年代後半)、太平洋路線は「イヤフォン」と「アルコール」が有料だった。(どちらもフリーになったのは、この十年くらいのことではなかろうか)

どうしよう、映画も見たいけれど・・・と思ったその矢先、
「あいにくこの便では映画のサービスはございませんが・・・」
と言いながら私の二列前でスチュワーデスが立ち止まって答えていた。
「映画がないなんて;;」
映画好きの私はがっかり。

「ドアモードを換えてください・・・」
チーフパーサーのアナウンスが入る。
いよいよここから本格的に国際線のサービスが始まる。

 

その3に続く・・・

 

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