◆ とりあえず、ハワイ 〜 初めての海外・その3

「皆様、今晩は・・・」
チーフパーサーの落着いた声が客室で聞こえ始めると、飛行機はゆっくりと動き始めた。幸い、隣の二席は誰も座ることがなかったので、私は窓側に移動した。
離陸までの間、機内でスチュワーデスたちがどのような動きをしているのか気にはなっていたものの、やはり夜の空港のランプ(*1)を見逃すのは勿体ないような気がした。闇の中に浮かんだ飛行機は、ライトの力を借りているせいかとても美しく見えた。その形は、飛ぶために考えられた結果とはいえ、何処かのショウウインドウに飾られているオブジェのようだった。

「酸素マスクは・・・」
機内ではいつの間にか緊急時に備えてのビデオテープが流れていた。スクリーンが見えにくい座席のお客様のために、新人と思われるスチュワーデスが実際に救命胴衣や酸素マスクの付け方をデモンストレーションしている。あれはおそらく国際線移行の訓練が終わってからの私の姿だった。いくら乗務経験があっても、国際線では新人なので、率先してああいったことはしなくてはならないのだろう。まあ仕方がないけれど。

その後、スチュワーデスが座席ベルトを着用しているかどうか機内をチェックしてまわった。私も普段あんなふうに仕事をしているのかと思うと、不思議な気がした。

「・・・機内の照明を暗くさせていただきます・・・」
そんなアナウンスとともに機内が薄暗くなる。また目を窓の外に向けると、いつの間にか空港の建物ははるか彼方。と、飛行機が一端停止し、ベルトサインが二度連打された。これは離陸の合図。

「お待たせいたしました・・・」
離陸を告げるアナウンスが終わらないうちに、飛行機は滑走し始めた。
悲しいかな、この時すでに私は制服を着ているときの自分になっていた。離陸滑走中は窓の外を見、離陸と同時に秒針のついた腕時計を見る。そして飛び立った途端、到着時間を計算している。
(おそらくスチュワーデスの前の席に座ったことのある方なら、容易にその姿が思い浮かぶだろう。その理由は長くなりそうなので、また別の機会に書くことにして話を先に進める。)

ベルトサインが消え、アナウンスの後おしぼりのサービス。
「おしぼりでございます・・・」
「あ、恐れ入ります・・・」
どうも普通のお客様になりきれない。おしぼりを取りながら頭を下げてしまう。サービスをしてくれているのはどう考えても私より先輩格の人だった事がそうさせているのかもしれなかったのだけれど。

しばらくして飲み物のサービス。
注文を取りに来たときにさっさと答えなければ申し訳ない。でも、せっかくだから機内でしか飲めないようなものを注文したほうがいいかな・・・。
メニューを眺めていると、
「お飲み物はいかがですか?」
不意をつかれるように声をかけられた。
「お、オレンジジュースをお願いします・・・」
とっさにでた言葉がこれ。他のものをたのもうとしていたはずなのに。やはり私は小心者だ。

その後、食事のサービス。プラスティックのトレイにのっているメインディッシュはステーキ。付け合わせは温野菜で、サイドディッシュになぜかお蕎麦。そのほかにサラダ、前菜、パン、そしてデザート。海外旅行初心者の私にはすべてが目新しい。しかも、飛行機の中で温かいものが食べられるなんて。国内線の仕事でいつも口にしているクルー用の冷たいお弁当には、飽きてしまっていた。普段の食事でもよっぽどのことがなければお弁当は避けて通りたいくらいだった。そのせいか、飛行機を降りてからの食生活が、多少贅沢になっていたのはここで認めておこう。

(ちなみに、「いいレストランがあるんです・・・」とか、「旬の魚を上手に料理してくれるお店があるので・・・」というセリフでデートを取り付けるかたがいらっしゃるけれど、非常に有効なのではないか、と思う。ただしこの場合、クルーは物凄く舌が肥えているので、ちょっとやそっとの美味しいものでは驚かない。そして、二回目以降の約束が取り付けられるかどうかは、「食事の内容」ではなく、誘ったあなた次第なのでそれをお忘れなく。)

そして私たちがデザートに差しかかるころ、飲み物のサービスが始まった。
日本茶、コーヒー紅茶をそれぞれポットに入れてスチュワーデスが注いでまわる。

普段、仕事の時にギャレーで一便あたり二百人からのお茶を入れてきた私にとって、「日本茶がおいしいかどうか」は大きなチェック項目だった。無意識に国内線での仕事と国際線のそれとを比べようとしていた。恐らくそれは国内線の先輩達が「国際線の人たち」という呼び方で彼女達の国内線での仕事ぶりを批判していた場面に何度か居合わせたせいだろうと思う。少なくともまだ私は「国内線の人」なわけだから、その肩を持つのは当然なのだけれど。

さっそく注がれた日本茶を一口飲んでみる。
「勝った・・・」
ようやくある種の劣等感から開放された一瞬だった。見た目は美味しそうだけれど、味、香りは断然国内線の方が美味しい。
(同じ航空会社でどうして、と私も思ったのだけれど、これは自分が国際線を乗務するようになってから明らかになる。)

そう思う一方で、次の瞬間、あと二ヶ月足らずで自分が「国際線の人」になってしまうことを思い出し、何とも言えない気持になった。

そうこうしているうちに食事のトレイが下げられ、入国に必要な書類をスチュワーデスが持ち回り始めた。そして、免税品の販売のアナウンス。往路のせいか、買い求める人の姿は私の周りでは見受けられなかった。

映画の上映がないため、私は少し眠ることにした。時計を見るとまだ飛行時間の半分も過ぎていなかった。

 

その4に続く・・・。

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*1 ランプ(RAMP) 航空施設の一部で、お客様の乗降、貨物の積み卸し、給油、 整備等を行うため、出発前または滑走路から誘導されてきた航空機が駐機する場所のことをいう。エプロン(APRON)ともいう

 

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