羨ましい職業

「職業はなんですか?」
「スチュワーデスをしています」
現役時代の私はそう答えていた。もし、
「OLです」
と答えたとしたら、おそらく相手の人は、その勤務先の会社、次に配属されている部所、仕事の内容などを根掘り葉掘り聞いてくるに違いない。その点、「スチュワーデス」といえば、善かれ悪しかれ、それだけで仕事の内容の大まかなことはわかってもらえるので、楽ではあった。しかし、その後決まって、
「それじゃあ、いろいろなところにいらしたんでしょう?羨ましいわ」
と言われる。私は毎回複雑な思いでその返答に戸惑ったものである。

「海外」という響きはとても素敵に聞こえる。日本が島国で、まさしく海を渡らなければ他の国へ行くことができないからかもしれない。昔、その海外へ行くために人は船に乗り、長い月日をかけ、正に命がけで海を渡った。しかし、今では海外に行くのに、飛行機を利用すれば大抵のところへ誰でも行ける。時には、空港までの道のりの方が機内で過ごすよりも長い、という不条理な現象すら存在する。

とはいえ、その海外へ行くにしても、「仕事」がからむと思いは複雑だ。

確かに私は日本国内、世界各国、会社が持っている路線は乗務していた。しかし、現地に到着しても、場合によっては折り返して帰ってきてしまったり、滞在の日にちがあっても、時差ボケで、帰りの乗務を考えると羽目を外せるわけもなく、何とか頼まれた買い物をして帰国するような状態になってしまう。それらはケースバイケースだけれど。
(時差ボケは、不思議なことに乗務をすればするほどひどくなる。勿論、現地で羽目をはずすなどは言語道断。)

もし、日常的ではない職業を「羨ましい職業」というのなら、おそらく乗務経験のある人なら一度は「OL」をやってみたいと思った事があるのではないだろうか。なぜなら、

  • 土日祝日が休み(固定でお休みがあり、いわゆる連休がある)
  • 仕事が終わってから習い事ができる
  • デートの約束ができる(これは友だちとの約束もしかり)
  • 自分の机がある(所在がはっきりしている)
  • その人でなければできない仕事を任されている(例えそれが小さな職務であったにしても)

「そんなの、あたりまえじゃないですか」
そう言われるだろうし、反感だって買ってしまうかもしれないのだけれど、実状を知らない私たちにとっては羨ましい環境に思える。
それでは、一方スチュワーデスの「あたりまえ」は、というと、

  • 土日や祝祭日が休みとは限らない。
    (フライトによって休みが異なる。ましてや連休は繁忙期で有給休暇の申請をしても却下されるのが落ち)
  • 人の結婚式に出席するために有給休暇をとらなければならない。
    (結婚ピークの時は「有給貧乏」という言葉を聞くことも・・・)
  • 仕事が終わったら何かをする気力もない。
    (肉体労働なので)
  • デートの約束は守れない。
    (スケチェンがあったらアウトである)
  • 気が付くと友だちの数が少なくなっている。
    (「声をかけてもあてにならない」と思われているので)
  • 自分がいなくてもそれを埋めてくれる人は必ずいる。
    (欠員がでたらスタンド・バイしている乗務員が起用されるだけ。変な言い方だけれど、頭数が揃っていればいい、みたいなところがある)
  • 平均して一年の三分の一しか日本にいられない。

そして、極め付けは、

  • 命の保証はない。

一番最後の項目に関しては、
「そんな大げさな・・・」
と思う方もいらっしゃるかもしれないけれど満更そうでもない。

たとえ無事に現地に到着したところで、テロ、暴動、天災、戦争勃発・・・。思いつくだけでも今の日本にいるかぎりでは考えにくい状況に出くわす確率がある。幸い私自身はそのようなことで直接被害を被ったことはないけれど。

しかし、ある国に滞在中、地下鉄の駅から階段を上がって地上に出た瞬間、何とも言えない雰囲気に包まれた事があった。あたりは血なまぐさい匂いに包まれている。黄色いテープが張り巡らされた建物やその地面には、明らかに「血」だと思われるものが飛び散っていた。おそらく、銃撃戦でもあったのだろう。警官の人達がその紅い液体をホースの水で洗い流していた。あの時、もし少しでも時間がずれていたら、と思うとさすがに足が震えたものである。

「それはたまたまでしょう?」
そう言われるかもしれない。海外に出ればそれくらいのこと、と。しかし、私たちは乗務で海外へ行くかぎり、その「たまたま」の割合が高くなる。つまり、少なくとも普通に地上で仕事をして生活している人達プラスアルファ…の確率で「死」に直面すると言える。

また、「スチュワーデス」という仕事は単に「接客する」だけではない、実はもうひとつ、「保安要員」という顔があることをご存知だろうか。簡単にいえば、機内で突発的におこった、「いざ」というときに落着いて行動できるよう訓練されているということ。(この訓練の内容についてはまた別のエッセイでご紹介したいので、詳細はそちらで。)つまり、お客様を救うために、自分の安全はラスト・プライオリティーになる事を念頭に飛行機に乗っていることになる。

だから、私たちが海外へ行くとき、あるいはそれが国内でも、「仕事」という名前でいくかぎり、先程のように羨望の眼差しを投げ掛けられたところで、決して謙遜ではなく、
「いいえ、そんないいことばかりでもないんです」
とつい答えてしまう。
適当に返事ができないのは私の損な性分ではあるけれど。

それにしてもこれだけ「華やかさ」、「きれいさ」のようなものばかりが表面化し、クロ−ズアップされている職業も珍しいと思う。
その価値観は一体どこから来るのだろうか。
経験したから言えることかもしれないけれど、ますます不思議に思えてくる今日この頃である。

 

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