◆ ロンドンにて 〜 地下鉄にて 

あるロンドン・ステイの際、朝のラッシュアワーの時間帯に地下鉄に乗らなければならないことがあった。どうしても知人に頼まれた品物を中心街にある有名ブランド店へ買いに行くため、止む終えず通勤の人々に混じって車両に乗り込むことになった。こんなことは後にも先にもあの時だけなのだけれど。

「今度、どこへいくの?」
特に親しいというわけではない友人になると、こんな会話をきっかけに仕事先(海外)での買い物を頼まれることが多かった。
「ロンドンだけど・・・」
こちらとしては仕事の話のつもりでそう応えると、途端に、
「じゃあ、○○を買ってきてくれない?買い物のついででいいから」
ということになる。

毎回と言うわけではないものの、こうして頼まれてしまうと、まるで自分が空飛ぶ宅急便にでもなったような気持ちにすらなる。「魔女の宅急便」ならなんとか格好がつくかもしれない。ほうきにまたがって、さっと目的地に行ければどんなに楽だろうと思ってはみるものの、所詮平凡な人間なので自分の足を使って移動しなければならない。

それに、世間からスチュワーデスがどう見られているかわかるものだから、それを裏切ることは、まるで仕事から逃げるような気がしてしまう。
断わることも出来ずに、つい安請け合い。お人よしというか、小心者というか。

通常ロンドン線の乗務パターンは二泊四日。夕方に着いてから丸一日、そして出発の当日は滞在先のホテルを午後に発つ。そのフリーである中一日に頼まれた品物が購入できればよかったのだけれど、その時はちょうどお店の定休日。だから、やむなく出発する当日に少し早起きをして、現地の人々には「お邪魔」になりかねない時間から行動することになった。

ただ、少し心強かったのは、午前中から買い物へ出かけたのは私だけではなかったこと。私のような事情をかかえた先輩三人が行動を共にした。
「都合上仕方がないけれど、この朝のラッシュ時に地下鉄に乗るのは少し気が引けるわね」
と一人の先輩が言った。でも、正確な時間で動ける事を考えると、やはり地下鉄に乗るしかなかった。ご多分に漏れず、この国でも通勤時の車の渋滞はまぬがれないだろうことは、誰もが予想していた。

私たちは、滞在先のホテルからほど近い地下鉄の駅に向かった。階段を下りて切符売り場へ。

欧米の地下鉄を利用するたびに思う。日本の地下鉄の何ときれいなことか。地下通路の電気が切れていることはまず考えられないことだし、異臭もなければゴミだってさほど落ちていない。正に「ぴか一」、世界に誇れると私は自負している。ただ残念なことに、エスカレーターとエレベーターの数が欧米に比べて極端に少ないこと。買い物をしたとき、それにお年寄りや何らかの不自由を抱えた人にとっての「階段」は時として大きな負担になる。しかも、都心の地下鉄は「これでもか!」と言うくらい地下に下がることもあるし。
清潔さが誇れる一方で、残念ながら、この点では不便を感じざるをえない。

「tube(チューブ)」ともいわれるイギリスの地下鉄は、日本の車両ほど、空間があるわけではない。注意してみると、まるで地下鉄の穴に添うように車両そのものがまさに「tube(チューブ)」のような形をしている。つまり、日本の車両を輪切りにするとそれは恐らく、「四角い」のに対して、イギリスのそれは、「丸い」。だから、ドアの部分がフラットではなく、弧を描くように少し外側へ張りだしている。
例えば、身長の高い人が車両の中央に経っている分には自然にまっすぐに立っていられるけれど、ドア付近に立ってしまうとそれが出来ない。車体に合わせるかのように少し体を曲げなければならなくなる、と言う状態。と言っても、身長170cm前後ならなんとか問題はないだろう。180cmくらいになると・・・少しきついかもしれない。

「郷に入れば郷に従え」で、整列乗車をした私たちは、その車両の乗客の中に埋もれながら、いかに自分たちがその場にそぐわないかを実感した。ただでさえ、身長のある人達、パリッとスーツを着こなした英国紳士淑女の中に、観光客の私たちが紛れているのだから。

混み具合は乗車率百パーセントくらい。といっても、日本の都心に比べれば生易しい。山手線のラッシュ時のように他人同士の体が密着してしまうことはない。「不快感」をさほど感じる事もなく、地下鉄は発車した。

私の横にはいかにも英国紳士。長身でメガネをかけてセンスのいいスーツを格好良く着こなしているビジネスマンが、新聞を読みながら立っていた。このまま映画のワンシーンのようだ。

「ガタンッ・・・」
大きなカーブを通過した車両は、そんな音と共に大きく揺れた。

ドア付近に固まって立っていた私たちは慌てて近くの手すりなどに捕まって体制を整えた。とはいっても、混雑している車内は危うく押し寿司状態になるところだった。
もし、ここが日本だったら、間違いなく私は押しつぶされていたろうし、少なくとも足の一つも踏みつけられて、日本人特有の、
「混んでいるんだからお互い様」
の空気で片付けられてしまったことだろう。
そんなことを思っていた私は、多少どつかれようと踏ん付けられようと、仕方がないと覚悟を決めていた。

ところが、である。私のそんな覚悟は全く無用だった。私の横に立っていたビジネスマンは、なんとあんなに大きく車両が揺れたにも関わらず、私の方へ倒れてこなかった。それどころか、半ば私をかばうかのごとく、一定の体の距離を保っていてくれていた。

予想外の反応に私は思わず彼の方を見た。ただでさえ、体を少しかがめないと立っていられないドアサイドで、彼は一見何事もなかったように新聞を読み続けていた。しかし、その姿勢は明らかに不自然、いや必死だった。

てっきり押しつぶされる覚悟を決めていた私は、一瞬拍子抜けしたものの、次の瞬間、その態度に感動していた。相手の気持はどうであれ、結果として私を守ってくれたことには変わりがない。
これぞ正に「紳士的」とでもいうべきか。
地下鉄を降りてからも、私はそんな彼の態度に感心しきりだった。
(ちなみに頼まれ物は無事購入し、仕事も通常通りこなして帰ってきた。)

私は、日本に帰って来ると、さっそく家族にその出来事を話した。

「やっぱりそういうものかしら。女性を守る、みたいなことが身に付いているのかしらねえ・・・」
単純に感動している私を、家族の誰も止めることは出来なかった。
「でもその人、もしかしたら東洋人嫌悪症だったりしてね」

このような冷水を浴びせられる一言もあったけれど、私は信じている。
弱いものを保護するという精神がきっと日常では当たり前にイギリスでは行われていることを。
そして、そんなことをごくごく当たり前としている男性が日本にも沢山いてくれることを切に願った。

 

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