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◆モスクワにて 〜「食事」
モスクワのフライトが入ると、まず憂鬱になるのは現地での食生活のことだ。
ホテル自体は「あちら」としては高級な部類に入るようだし、申し分ないはずなのだが、果たして私たちがその食事で何日も過ごせるか、というとそうもいかない。
やはりフライトで身体が疲れていると、和食が食べたくなるからだ。
国際線に移行したころは、
「せっかく海外に来ているのだからその土地の人が口にしているものを食べよう」
などと思ったものだった。しかし、いざ仕事に慣れてくると、そんな格好をつけたことはいっていられなくなってしまった。体力的、精神的な疲れだけでなく、そこに時差が加わると、その疲労感たるや想像を絶するものになる。先輩がなにはなくとも「和食」に走るのも無理はなかったのだ。
その証拠に機内食で和食、洋食とあった場合にジュニア(スチュワーデスのしたっぱのこと)は必ず洋食を食べることになっている。たまにその縦社会の大変さを配慮してくださる先輩の中には、和食をゆずってくださる場合もあったが、ある意味、死活問題なのでそういったことはめったにないといえる。
モスクワのフライトは私が乗務していた当時は何パターンかあった。なかでも一週間のパターンは一番キツイとされた。というのも、他のパターンはモスクワに滞在しているあいだにパリ/モスクワの往復やコペンハーゲン/モスクワの往復乗務があるおかげで食料を途中で補給することができる。しかし、その一週間のパターンはモスクワ滞在のみ。食料補給なし、である。
現地ではホテルの一室が「クルールーム」として開放されており、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、ホットプレートなどが誰でも使えるように常備されていた。しかし、その部屋の位置がホテルの端にあるため(そのホテルのフロアーの長さといったら!端から端までかなりの距離である)、自分の部屋から近いか遠いかが問題になる。
つぎに、冷蔵庫に名前を書いて何かを保管していても、「100%無くならない」という保証はない。そして何よりも、同じ時期に滞在しているクルー(乗務員)が必ず食事時にいること。となると、自分のだけ調理して食べる、というわけにはいかなくなる。そのようなもろもろの事情から逃れたい場合、なんとかして自分の部屋で食事を取れるような食材をフライトの前日に買い込むことになる。
(中にはフライトが同じグループの時は気心が知れているので、お米やそのほか野菜などをみんなで持ちよって何か作る、ということもあった。でも、サムソナイトの中に大根一本、お米が何合、なんてはいっているかと思うとそれだけで気持ちが荒む感じがした。)
では、どのようなものをモスクワでの食生活のためにに持っていくか。
器具としては「ラーメンポット」(いわゆる湯沸かし器)。水、お茶、割りばし、紙皿、マグカップ、ティッシュペーパーそしてレトルト食品である。
(何だかピクニックに行くみたいだが)
私の場合はインスタントのみそ汁、切りもち、ごはん、そしてカロリーメイトは必ず持っていった。乗務するまえに成田空港で時間があれば、ちょっとした巻き寿司なども買ったりした。
とにかく、フライト前日の買い出しはとても情けない気持ちなる。
というのも、スーパーマーケットの買物カゴのなかに入っているのは、レトルトカレー、農協のご飯、インスタントみそ汁、切りもち、中華丼のレトルト、カロリーメイト、カップラーメン、カップうどん、お菓子、・・・などなど。おおよそ台所とは無縁の物ばかりである。会計をしている最中、きっと私のカゴの中身をみて、
「今どきの子は料理もしないのかしら?」
と見られているかと思うと、背中に、
「明日はモスクワにいくのでしょうがないんですっ!」
という紙を背中に貼りたいくらいだった。
今でも買物に行ってレトルトのコーナーを見たりすると、当時これがあればもっと食生活は豊かだったのに、などと思ってしまうことがある。(本当にこの頃の物は種類が豊富で味も比べ物にならないくらいよくなっている。)
さて、それらをうまく組み合わせて食いつないでいくわけだが(というのはちょっとおおげさか)やはり、何度かは現地のレストランにお世話にならなければならない。
モスクワで一番最初に行ったのは、ホテルの中にあるランチ・バイキング。
一見しただけではどんな味がするのか想像がつかないものばかりだった。野菜も独特の匂いのする油がかかっていたり、おおよそメインディシュと呼べそうなものはなかった。食べた後も、
「だいじょうぶかな、お腹こわさないかな」
そんな感じだった。
次に行ったのは同じホテルのレストラン。メニューはロシア語なのであらかじめガイドブックなどでメニュー内容をチェックしておいた。一番はじめに注文したのは「ステーキ」だった。例えはずれても、塩こしょうがあればどうにか食べられると思ったからだ。その時は「ボルシチ」も頼んでみた。これで野菜はとれるだろう。
そして、テーブルに運ばれてきたのは・・・。
確かに「ステーキ」だった。厚さ1センチ弱、見るからにウェルダンである。一方、「ボルシチ」は、というと紫がかったような紅いスープで野菜の切れ端のようなものが薄く切って煮込んである、といったようなものだった。私の知るかぎり、「ボルシチ」は野菜がごろごろ入っていて、お肉もその姿がはっきりとわかるくらいのもので、トマト味。しかし、目の前にあるものは私の知っている「ボルシチ」ではなかった。しかし、これは本家本元の「ボルシチ」なのである。しかもレストランで出しているくらいだからどこへ行ってもこんなものなのだろう。ちょっとショックを受けた。
でも、それで私のショックは終わったわけではなかった。
別の機会に注文した「ピロシキ」。もしかしたらこちらの方がショックだったかもしれない。
同じグループでモスクワ・ステイがはいったときにそのレストランで食事をすることになった。「そういえば、本場のピロシキを食べていないわね、頼んでみましょうか?」
その先輩の一言で注文することになった。おそらく私たちの頭の中は共通のものをイメージしていたに違いなかった。そう、それは「揚げてある」もの。カレーパンのようなもので具がちがう。ひき肉や玉ねぎなんかがはいっていて・・・。
注文してからかなり時間を要したのである程度の確信をもってみんな待っていたはずだった。
そしてついに、本場の「ピロシキ」の登場!
「・・・・確か、ピロシキって頼んだわよね??」
出てきたのは大きなお皿にはみ出さんばかりの棒状のパンだった。
そして口々に「ピロシキっていうのは・・・」と日本で食べるのはどんなものであるか話しだした。
「このなかに具が入っているみたいよ、何だか重いし・・・ちょっと切ってもらいましょう。」
・・・すると確かに具ははいっていた。しかし、生焼け。もう一度火をとおしてもらい、ようやく口にする。テーブルを囲んだ私たちにはどうしても納得のいかなかった。首をかしげながら、
「これが本場のピロシキね・・・」
食べながら心の中でつぶやいていた。取りあえずたいらげたものの、その後もしばらくピロシキ談義に花が咲いていた。
しかし、がっかりさせられるものばかりではなかった。
レストランで唯一気に入ったのは「キエフ風カツレツ」である。
ようは鳥肉を揚げたもので、その中心にはバターが入っている。あつあつのカツレツにナイフを入れると、中のバターが溶けだしてくる。前にあげたメニューのことを帳消しにしてもいいくらい、これは本当においしかった。
それから街中で食べたスープ。先輩とアルバート通りを散策していてお腹が空いてしまい、わけもわからず駆け込んではいったお店のスープである。
「とにかく言葉が通じないのでどうしよう」
と思ったが、昼時だったせいかそのお店のお客さん達が食べているのはみんな同じものだった。空いた席に着くなり運ばれてきたものは、見かけはジュースなのだが、口にしてみると単にあまい液体、変な匂いのする油をつかったポテトサラダのようなもの、そして一見ごった煮風のスープにパン。ホテルのレストランがあまりいい印象ではなかったので全く期待せずに口にした。おそらく一緒に食べた先輩もそうだったと思う。ところが、あきらかにビーツのものとわかるきれいな紫色したそのスープは、レモンのようなものが程よい酸味をはなっていて、さっぱりとしている。たしかに中に入っている野菜は相変わらずだったが、空腹なうえ、凍えた身体にはホッとさせられる味だった。
「いままで食べていたホテルのボルシチって、いったい??
と思うほどおいしかった。
モスクワ線の乗務はビザの関係で1年受け持った。その後半には外国人向けの「サボイ」レストランができ(あのホテル「サボイ」とどのような関係にあるのかはわからないが)、また違ったショックを受けることになるが、それはまた別の機会にご紹介しましょう。
かくして、「次のスタンバイはモスクワ・・・・」というスケジューラーからの電話をとると、そのフライトパターンをメモに取りながら、サムソナイトの中に詰める食料のことを考えて憂鬱になってしまうのだった。
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