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◆ サン・パウロにて 〜
その2
約束の夜、美人姉妹のお姉さんが、彼の車で私たちのいるホテルまで迎えに来てくれた。
彼女は彼が一緒のせいもあって、心なしかドレスアップしているように映った。
迎えに来てくれてありがとう、と言うと、彼を紹介しながら彼女は言った。
「彼はイタリア系(ブラジル人)なの。英語があまり話せないから私が通訳するわ」
さて、こうなると私たちの会話はポルトガル語、日本語、そして英語が入り乱れる。それでも何とか話が話が進むからおかしなものだ。
ホテルから車で20分くらい走っただろうか、オレンジ色の街灯にはそれまで人影もまばらだったはずなのに、突然、ある一帯だけ車が密集しているところに出てきた。その中心の建物の看板にはきらびやかなネオンサイン。その扉の中に次々と人が吸い込まれていく。
「ここが今流行りのお店なのよ」
その建物の前を通過して、決められているらしいところへ車を駐車すると彼は何やら車の部品のようなものを何処かから引っ張り出してきた。
「とりあえず車を見張ってくれる人達はいるんだけれど、盗まれることもあるからこの部品は別にしておくの。そうすると例え車を盗もうとしても、動かせないでしょう?」
そう言って車を見張ってくれると思われる男性にチップを払った。
後輩と私は「治安が悪い」と言われていたのを改めて思い出した。
店内に入ると、そこは薄暗く、テーブルのところだけスポットライトがあたっている。そして、天井には確か「ペーパームーン」というネオンの看板がぶら下がっていたように思う。建物の外見からは想像できないような、ざわめいてはいるけれど、落着いた雰囲気がある。
さっそく飲み物を注文する。
彼女達は結構お酒が強いらしかった。私の後輩も結構いける口である。問題はこの私。取りあえずみんなに合わせて、
「ピナコラーダ」
を注文した。それを聞いた後輩が、
「そんな強いの、大丈夫ですか!?」
とさすがに慌てた。私が下戸であることは彼女は十分に過ぎるくらい知っている。
「とりあえず形だけね。でも、助けてよ?」
そう言って多少飲めるフリをすることにした。飲める人に言わせると、下戸がいるとしらける、と言うのを聞いたことがあったし。
彼女達はとてもお似合いのカップルだった。彼女は東洋系の美人だし、彼もイタリア人にありがちの甘いマスクをしていた。決していちゃいちゃしているわけではないのだけれど、それがあたかも自然であるように彼は彼女の腰に手を回しているのか、二人ぴったりと寄り添っていた。同じことを日本人がすると結構いやらしい感じがするのに、彼らの場合は嫌みすら感じない。やはり美男美女の特権か。
「大学では何を専攻しているの?」
「建築。あなたは何を?」
「私は短大だったから特に専門、と言うものはないんだけれど・・・」
そんなたわいのないことから話が始まった。
「来年卒業なんだけれど・・・そう言えば日本に行く予定の友だちがいるわ」
と彼女。
「留学にくるの?それとも仕事が見つかって?」
「その友だち、スカウトされたのよ、日本人に。すごくスタイルがよくて美人なの!」
後輩と私はブラジルまでわざわざスカウトに来るなんて、歌手か何かかしら?と思い、
「歌手になるの?」
と聞いた。すると
「彼女、歌は下手よ」
と言って笑った。
「仕事の内容ははっきりわからないんだけれど・・・」
と言って話しはじめた内容に私たちは顔を見合わせた。どう考えてもその筋の人に「囲われる」と言う感じなのだ。
「やめたほうがいいと思う、もうちょっと考えたほうがいいと思んだけど?」
「航空券を渡されて、もう飛行機に乗ればいいような状態らしんだけど・・・。」
(残念ながらそのお友達の顛末は知ることはできない)
「ねえ、二人はボーイフレンドはいないの?」
熱々の二人を前にしての返答はしどろもどろになる。後輩も私もそれなりに彼はいた。でも、果たして彼女達のように二人でいるだけであのような「いい雰囲気」、おそらくお互いがわかりあえているような関係かどうかは、少なくとも私の場合は自信がなかった。何しろ、仕事で海外にいて昼と夜が全く逆さまの生活をしている上に、二週間も連絡が取れない。いくら信頼関係の上に恋愛が成り立っているとはいうものの、私は不安で仕方がなかった。しかし、こんなところで気分を暗くしても仕方がない。適当にお茶を濁して会話を進める。
しばらくすると、会話に集中できなくなってきた。お酒が回ってきてしまったらしい。グラスにはまだ半分以上ピナコラーダが残っている。みんな二杯目を注文しようとしていた。
「ちょっと失礼・・・」
やむなく私は化粧室へむかった。日本のようにきれいではないけれど、そんなことに構っていられない。個室に入ってドアを閉めて座る。
「だいじょうぶ??」
遠い意識の中で、私を呼ぶ声。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
そう応えるだけで精いっぱい。
少ししてから後輩の声で、
「気持悪いんですか?」
ハッと我に返る。お酒の酔いは覚めた。どうも寝てしまったらしい。
個室から出てきた私に後輩が言う。
「もう、心配させないでくださいよ。無理するからですよ」
かえって迷惑をかけることになるので、このとき以来私は下戸であることを隠すのはやめた。
テーブルに戻ってまたたわいもない話をしばらくした後、時間も遅くなってきたので引き上げることになった。帰りの車の中で、彼のお母さんが美術の先生をしながら陶芸もやっていることを聞いていろいろと質問をした。
海外でいう「陶芸」は日本のそれとどう違うのだろう。
「そんなに興味があるのなら、彼があなたにお母さんの作品を見せたいって。」
サン・パウロを経つ前日、彼女たちは彼のお母さんの作品を持ってホテルまで来てくれた。
「あなたが陶芸について興味を持ってくれたことを、彼のお母さんがとても喜んでいたそうよ」
そういって渡されたのは一辺が二十センチくらいの立方体の箱だった。
「開けてみてもいい?」
中に入っていたのは、彼曰く「キャンディーボックス」。ふた付きの陶器だった。表面には真珠のような光沢を放つ釉薬がかかっており、そこに施されている幾何学模様とマッチして、日本人の私には考えられないような不思議な魅力のある作品に仕上がっていた。
「素敵ね。想像していたものと全然違う」
私が感心しながら見入っていると、
「それ、あなたにプレゼントしたいって、彼のお母さんが言っていたそうよ」
予想もしなかったことに驚いたけれど、私は有り難くいただくことにした。
こうしてサン・パウロでの一週間の滞在は無事に終わり、またいつものように仕事をこなしていく日々。しかし、残念ながらあれ以来、あの地を訪れるチャンスには恵まれていない。
いただいた陶器は今も私の部屋のテーブルに置いてある。
そして、当時の彼は、このキャンディーボックスを一度も目にすることはなかった。
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