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「スケチェン」の話 〜 予想もしないこと
客室乗務員は友達を無くしやすい職業かもしれない。
何故なら、スケジュールの変更が頻繁にあるおかげで予定が立たず、たとえ約束をしても、仕事の関係で守れないことがあるからだ。ちなみに、クルーのスケジュールが変更することを"schedule
change"といって、略して「スケチェン」(「S/C」と書かれる)と呼んでいた。
そのスケチェンの原因としてはいろいろ考えられるが、今回は全く予想もできなかったスケチェンの話。
仲のいい同期三人("M"と"S")でイタリアへ旅行しよう、ということになった。
三人ともイタリアへは行ったことがなかったので、行ったことのある先輩達から情報をかき集めて日程を組み、有給休暇を申請した。運良くみんな休暇を取ることが出来たので、さっそくホテルの予約を入れ、チケットの手配を始めた。
「有給休暇が取れた」、ということは少なくともその休暇を確保するために、スケジュールが固定したのと同じことを意味していた。しかし、全く不安がないわけではなかった。というのも、同期の一人、"S"は旅行前日に10日間あまりのブラジル、サンパウロ線乗務から帰ってくる予定で、もう一人の同期"M"はマニラ線一泊のパターンを持っており、やはり前日まで仕事をしているからだ。
マニラ線の方はともかく、サンパウロに行っている"S"がちゃんと前日に帰国できるかどうかが一番の気がかりだった。
当時のブラジル線のパターンは、ロスサンゼルスへ飛んでまず二泊、そしてサンパウロへ飛んで一週間滞在(この間は飛行機が来ないので必然的に)それからまたロサンゼルスに戻ってきて二泊。というのが一般的で、時には、ロサンゼルスでの滞在が伸びたりするパターンもあった。つまり、
「サンパウロ線(ブラジル線)を持っている」
ということは、少なくとも12日間は仕事で日本にいないことを意味した。しかも、週に一便しか就航していないロサンゼルス-サンパウロ線に何かイレギュラーが生じると、そのスケジュールが伸びる可能性が出てくる。
さて、私のスケジュールといえば、他の同期の結婚披露宴に出席するため、一日早く休暇を申請していた。だから必然的に、私が何かあったときの連絡役になった。
そして、その旅行の前日。
私が出席する披露宴は夜だったので、出かけるまで旅行の準備をしながらのんびりと過ごしていた。
すると、付けていたテレビからこんなニュースが流れてきた。
「フィリピン・ルソン島中部のピナツボ火山が噴火し・・・」(*1)
え?フィリピン?マニラの空港は大丈夫だろうか。
そして、そのニュースを聞いてから2時間後、マニラに行っている"M"から電話があった。
「ニュースは聞いたけど、大丈夫なの?」
案の定、彼女によれば、その火山灰が滑走路に積もりだし、視界もよくないらしい。飛行機が飛べる状態になるまでどれくらいかかるかわからないし、いずれにしてもこの分だと予定通りに帰れないので、
「とりあえず二人で出発して欲しい、後から合流するから」
とのことだった。
正に予想もしていなかったスケチェンである。
「万が一、"S"が予定通りサンパウロから帰ってこなかったらどうしよう?」
そんなことを思いながら同期の結婚披露宴に出席した。
出席者の中には同期のほかに何人かセミ同期もいたが、そのうちの一人が私の顔を見るなり駆け寄ってきた。
「大変なことになっちゃったわね・・・!」
実は彼女のご主人もたまたま"M"と同じマニラ線に乗務しているとのことだった。
「明日から旅行でしょ?主人と連絡をとるから、何か言付けることがあったら言ってね。サンパウロ線のほうがスケジュール通りにつくといいわね。」
彼女もご主人のことが心配なはずなのに、そんな中でも気づかってくれる優しさが嬉しかった。
旅行の最終確認と言うことで、"S"からの電話が夜にくることになっていた。サンパウロから無事帰ってくれば、の話だが。とにかくその電話を待つことにした。
「ただいま」
受話器の向こうからちょっと疲れ気味の"S"の声がきこえた。
「お疲れさま。実はね・・・」
とピナツボ火山噴火の一件を彼女に説明した。
「それで、"M"から連絡があってとりあえず出発して欲しいということなの。後から追いかけるかたちで合流するって。宿泊先はわかっているから、直接現地のホテルに連絡をくれるって言ってるんだけど・・」
とにかく、私たちは予定通り出発することにした。
そして、旅行の当日。
お昼に出発するミラノ線に乗るべく、朝10時に成田空港で待ちあわせた。
その約束の時間よりも早く付いた私は、空港ロビーのソファーに座って"S"を待っていた。昼間出発する飛行機が多いせいか、空港内は大勢の人達でごった返している。そんな人のざわめいた中を、
「火山噴火のためマニラ便に関しては往路復路ともに欠航する」
という様な内容の放送が何度も繰り返されていた。
そんな合間をぬって、呼び出しの全館放送も流れている。
「なんだか落着かない・・・」
そう思った矢先、聞き覚えのある名前が放送された。
「あ、私だ」
全館放送で呼び出されたのは初めてだったのでびっくりしたが、とにかく案内所へいってみる。
すると、昨日披露宴で一緒だったセミ同期からの伝言で、
「すぐに連絡が欲しい」
とのこと。さっそく電話をしてみた。
「今朝、主人から電話があったんだけど・・・」
といって、あちらでの状況を細かく知らせてくれた。
噴火そのものも断続的におこっているらしいので、飛行機が飛べる状態になるのはいつになるかがわからない。ただ、本人達は元気で、食事もふつうにできるので安心して欲しいとのことだった。
「時間だけはあるから、国際線の時刻表でどうやってその旅行に合流したらいいか、主人といろいろと対策を考えているみたい。取りあえず彼女はイタリアのホテルに電話を入れるっていっているそうよ。大丈夫。とにかく、気をつけていってきてね」
私は彼女にお礼を言って受話器を置いた。
そして、時間通りに"S"がやってきた。
先の電話の内容を伝えて、私たちはチェックインを済ませ、機上の人となった。
その翌日の早朝、滞在先のミラノのホテルへマニラの"M"から電話がかかってきた。
いろいろ合流する手段は考えたけれども、なにしろ相手が「火山」なので何とも見通しがつかない、とのこと。
「残念だけれど、今回は諦めるわ。二人で旅行を楽しんで・・・」
というわけで結局二人でイタリアを回ることになった。
結局、マニラで足止めになった"M"が帰国するまでにはまだ数日を要した。
「予想できないことは起こりうるので、例え日帰りの乗務でも、下着は常に余分に持っていくべし。」
悲しいかな、同期の"M"がイタリア旅行のかわりに得た教訓である。
後日、"M"はもう一度休暇を申請し直してご主人と一緒にイタリアを旅行したそうだ。一緒に旅行できなかったのは残念だったけれど、彼女にとっては私たちと行くよりも楽しめたのかもしれない。
このようにクルーのスケジュールは、予想もしないようなことで変わってしまうことのある、実に不安定なものなのである。だから、もしクルーのお友達がいらしたら、ご理解いただきたい。予め約束したことも守れなくなってしまう確率が他の仕事についている方たちよりも高いことを。
(*1)
1991年6月9日から噴火を始めたルソン島中部のピナツボ火山は同14、15両日に大爆発を起こし、火砕流が10キロにわたり流れ出し、噴石、火山灰が150キロ四方に飛散する最大級の噴火となった。
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