◆「新人は大変だ。〜 ギャレリーナの話(国内編)」

 私が国内線を乗務していたころの主な機内サービスは、(乗務する路線のフライトタイムによって異なるが)「リフレッシュメントと飲み物」であった。

飛行機の中のギャレー(GLY)はジャンボジェット機のエコノミークラスだけで平均して2ヶ所あり、そこでサービスのセッティングが行われる。

 後ろのGLYを例にとると、満席の場合260人分の飲み物とリフレッシュメントをサービスすることになるわけだ。そしてここにアサインされるのがその乗務員の中で一番若い乗務員(いわゆる下っ端)と決まっている。すなわちそれが「ギャレリーナ」。狭いGLYのなかで、右に左に動きながらひたすらお茶を作るようすがバレリーナの動きようなので、いつしかそんなふうに呼ぶようになった(あくまでも一部でだが)。一連の仕事がわかるようになってくるとそれなりに面白いのだが、なにしろ新人の頃はたいへんである。

 このギャレー業務だけに話を絞っていくことにすると......

 まず、地上でサービスに必要な分だけのアイテムがGLY内に搭載されているかどうかチェック。前と後ろのGLYで合計を出し、搭載した業者の書類にサインする。そのコンパートメントの責任者にサービス方法を確認し、時間が許せばその用意に取りかかる。

 ボーディングが終了した時点でお客様の人数を数える。(現在はコンパートメント毎に人数がコンピューターで打ち出されたものが搭載されるのでその必要はないが)そして離陸後、「計算」が始まる。つまり、サービスが効率良く行われるためにおしぼりを1つのバスケットにいくつ載せればいいのか、そしてお茶のポットをいくつ作ればいいのかを算出するのである。そうすることで無駄が省け、時間の短縮にもつながる。「GLYの仕事ができる」ということは、正しくお客様の人数を把握し、無駄(お茶を作りすぎることがないなど)を出さないことを言う。

 自分の属しているグループで乗務するとある程度サービスの仕方がわかっているのでよいのだが、そうばかりでもない。

 私が乗務し始めてまだ2ヶ月足らずの時、それは起こった。

 いわゆる「里子」(1つのグループに自分だけがちがうグループの所属であること。)状態で、他はみなアシスタントパーサーという顔ぶれだった。福岡からの乗務だったと思う。前のフライトの到着時間が大幅に遅れ、私たちの便で何とかその遅れを取り戻そうと一刻も早いボーディングが期待された。そうなると、地上でのお掃除は最低限、搭載も終わり次第搭乗開始、となる。さあ、困った。せめて地上で準備さえできていれば、サービスが始まった段階で多少の余裕ができる。しかし、それが全くできていないというのは、戦場に武器を持たずに出ていくようなものなのだ。一つつまずけばお姉さまがたの厳しいお声が飛ぶ。自分が委縮していくのがわかる。でも、しかたがない。搭乗が始まった。

 そして離陸。「計算」をしていて緊張のあまり頭の中が半分真っ白だ。ベルトサインが消え、GLYでエプロンに着替える。カーテンで仕切られたGLYは大人が5人も入ると身動きが取りづらい。おしぼりを積むためにカートを出すからなおさらだ。

ようやくおしぼりサービスが始まってGLYで一人になる。戦闘開始だ。サービスしやすいようにカートをセットしてお茶を作り始める。満席なのでサービスに時間がかかるはずなのだか、何しろ新人なので要領が悪い。カート分のお茶が出来上がらないうちにお姉さまがたは帰ってきてしまった。
「お茶ができたら持ってきてちょうだい。」
そう言い放つとみなさんはさっさとキャビン(客室)に出ていった。

 さあて。ちょっと呼吸をしてからお茶作りに取りかかる。日本茶なのでお湯を入れてすぐにティーバックを振らないとお茶が焼けてしまう。(お茶が黄色くなってしまう)
いくつかのティーポットのふたをあけてコンテナからお湯をだしていく。両手でティーバックを振りだし始めたその時、お湯のはいったポットのバランスがくずれて手前に落ちた。

(あっ....)

と思ったときにはもう遅く、いわゆる「ナイアガラの滝」(GLYのカウンターから床にお湯が落ちるとき、その滝のようになるので)。GLYはお湯びたしになってしまった。

(やっちゃった....)

とにかくコンテナのお湯を止めて倒れていたポットを元の状態にしながら思った。
(ただでさえ満席でお湯が足りなくなる可能性があるのにどうしよう....。)

そのときである。
「きゃぁ〜!」
いきなりカーテンが開いたかと思うとすごい叫び声が。
お姉さま方の一人が私があまりにもお茶の供給が遅いので自分で取りに来たのだった。
ところが、GLYはお湯びたしのうえに、私が半ばぼう然と、立ち尽くしている。自分ではその時気付かなかったが、両足にお湯をかぶっていた。
「ここはいいからストッキングを脱いでいらっしゃい!」
そう言われて始めて自分がやけどを負っていることを知った。

 いわれるままにエプロンを外し、おしぼりと冷水を持たされる。とりあえずラバトリー(トイレ)に入っているように言われる。ドアを閉めてストッキングを脱いだ。何となくひりひりするものの、見た目には皮膚に水泡もできておらず、軽傷、と言った感じだった。まさか素足のままお客様の前には出られないのでとりあえずサービスが終了するまで待っ。キャビンが落ち着いてきたのを確認してGLYに戻った。

「申し訳ございませんでした。私の不注意で.......」
最後の言葉まで言い終わらないうちに、
「羽田で降りなさいね。やけどはほうっておくと大変だから。チーフには報告しておきましたから。」

........ということは「途中降機」!? ガーン  

最悪のパターンである。「途中降機」はすなわち、職務を途中で放棄するということを意味する。乗務員にとって一番やってはいけないことなのである。今回の場合、羽田で降機した後、私の代わりに「呼び出し」で誰かが呼ばれる。すると、その人の乗務スケジュールがかわってしまい、大変迷惑をかけることになる。また、その変更したスケジュールのおかげで、その人だけでなく複数の人たちの予定も大幅に狂う事態をひきおこす。

 こうして私は羽田で途中降機をした。

一人でオペレーションセンターに戻り、マネージャーに嫌みをいわれた。
「新人で仕事ができないのは仕方がない。でも今回の場合、自分が注意していれば未然に防げたことなので、それ以前の問題だ。...... とにかく病院へ行って診断書をもらって提出するように。」

 それにしても、自分が痛い思いをして叱られるのはなんだかとても損したような気持ちになった。

 病院へ行った。結局診断は「熱傷」ということで大事には至らなかった。不幸中の幸いというべきであろうか。

 こうして私の国内線「ギャレリーナ」の苦難の道は改めて始まったのである。

 

 

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