◆  新人はたいへんだ 〜 泣くのはトイレで

私が職場で泣いたのは後にも先にもこのときだけだった。

国内線を乗務しだしてから半年もたたないころだったと思う。
私自身、仕事の流れはつかめてきたものの、そのテンポにのることができないでいた。毎回仕事が終わるたびに「反省」の日々だった。その一方で気がつくと、
「申し訳ございません」
と二言目には口にしている。お客様に対してではなく、先輩に対して、である。ほとんど条件反射のようについてでるその言葉に、自分でもいささかいやになっていた。確かに自分のせいで注意されることが多かったけれど、中にはイヤミだったり、考え方によっては、
「いじわるされているのかしら?」
と感じてしまうことさえあった。しかし、口答えができないのが新人の辛いところである。

そんな「仕事に馴染めない」ある日、国際線を乗務する先輩達と仕事をする事になった。(国内線客室乗務員は原則としては国内線しか乗務することはできないが、国際線客室乗務員の場合、国内線も乗務することができる。)しかも、機種は国際線のジャンボ。そして私はどジュニア(経験も年齢も一番下)。
その時の私の仕事は、ジュニアお決まりの後ろのギャレー・デューティー(galley duty :いわば調理室担当。国内線ではサービスするためのお茶などをつくる。)。一緒にサービスをするのは四人のアシスタントパーサー(乗務経験は三年以上のベテラン)で、二人は国内線の同じグループの先輩、あとの二人は国際線の先輩という具合だった。

ここで少し「国際線」と「国内線」のサービスの違いについてお話ししておこうと思う。

まず、「国際線」。一回の乗務時間が長く、食事や機内販売のサービスがある。時差が関係してくるため、お客様に機内で休んでいただくことも考慮しなければならない。全体のサービスの流れは決まっているものの、上司のサービスマインドが全面に表れ、客室乗務員の「見せ場」を演出することができる。到着するまでの時間がある程度あるために、緊急事態や命に関わることは別として、比較的せかせかしなくてすむ(ただし、その時の上司によるが)。そのせいか、国際線を乗務したことのある人で細いことをいう人は少ないような気がする。たとえば、お茶の入れ方などはあまりうるさくいわない。(国際線と国内線のティーバックの内容が多少違うこともあるのだけれど)

次に「国内線」。時差がない分(かどうかはわからないが)一日に三回の離着陸はざら。お客様へのサービスも、いかに短い時間の中で充実、かつ合理的なサービスが行えるかが鍵。サービスそのものは(当時は)お菓子と飲み物。時間によっては軽食の場合もある。サービスアイテムが少ないせいもあり、物ごとにこだわってサービスする傾向がある。特にお茶の入れ方にはかなり厳しいチェックが入る。こうして比較してみると、方や「ゆったり」もう片方は「きっちり、せかせか」と言った印象を受ける。

さて、そういったある面では対照的とも思えるような性質を持った人達が一緒に仕事をどうなるのか、という問題だが、はっきり言ってギャレーの私は板挟みになる。特に、直接相手にいうと角が立つ事柄は、ジュニアにしわ寄せが来ることが多い。そしてそのしわが寄った部分を伸ばすことができないまま、ドツボにはまっていくのである。今回もそんな例と言えるかもしれない。

私たち客室乗務員は、搭乗が始まる前に保安上の理由から「セキュリティー・チェック」をすることが義務づけられている。これは、お客様をお迎えする前に飛行機の中に不審物がないかどうかのチェックで、通常、搭乗時刻の五分前に行われる。

まずここで私は大幅な遅れをとってしまった。というのも、国内線専用のジャンボの場合、ギャレー担当者がセキュリティー・チェックする範囲は少ないので、客室のチェックも手伝って当然、と言うことになっている。しかし、今回の国際線のジャンボは対面式のギャレー・スペースが二ヶ所。自分が通常受け持つ範囲の四倍はあるのだ。初めて国際線仕様のジャンボに乗るので、事前にレイアウトはチェックしていたものの、所詮紙の上と実際に見るものとは全く違う。
「あ、こんなところにもストウェッジ(stowege:収納スペースのこと)がある!」
もう宝探しのようである。

新人であればあるほど「仕事が早い」ことが認められれば、
「まあ、多少見込みはある」
と言う見方をされる。言い換えると、
「仕事が遅い」
ということは、
「もしかして、やる気がないんじゃないの? 気が利かないわね」
と思われても仕方がない、ということになる。

通常よりもかなり遅れをとった私は、その最悪の状態を自ら作り出してしまった。
「ギャレーはチェックが大変だからね・・・」
と言いつつ遅れている私を手伝ってくださる国際線の先輩。
それを見た国内線の先輩は、
「時間がかかるのはわかっているのだから、早めにとりかかりなさい」
とのたまう。まあ、確かにその通りなのだけれど。

そして、ギャレー・デューティーとしてはもう一つ問題があった。それは「搭載」に関すること。

当時のサービスは基本的に熱い飲み物(夏場は冷たい麦茶などがある)とリフレッシュメント(お菓子)だった。それらはコンテナーと、カートで「決まった位置に」搭載される。そのほかにエキストラのティーバックやジュースなどが入ったミスクカート(おそらくいろいろなものが入っているので「miscellaneous」の略「misc.」という単語を使ったものと思われる)と、勿論お茶などを作るときのティーポットもギャレーの「決まった位置に」積まれる。

客室乗務員はいつも同じメンバーで仕事をするわけではないので、機内に搭載されているアイテムが「定位置」にある、とことが大原則である。とくに国内線では「短い時間の中で充実、かつ合理的なサービス」を行うためにそれが徹底されていないと時間のロスにもつながる。

先ほどお話したように国際線のギャレーの収納スペースは、国内線のそれの四倍。平たく言えば、搭載されるカートを収納できるスペースは沢山あることになる。つまり、スカスカの状態なのだ。お湯の入ったコンテナーも分散されて搭載になっているので(でもそれが定位置である)、仕事のしやすいようにカートを振り分けていた。

なんとかサービスも終わり、着陸前の最終チェックの段階に入った。ギャレー担当はギャレーの中の搭載物が飛び出さないようにストッパーがちゃんとかかっているかどうかをチェックして先輩に報告しなければならない。
「着陸するときに機首が下がるでしょう?ということはカートは機首側に寄せたほうが安全だと思わない?」
国際線の先輩がいった。確かにおっしゃる通りである。私は言われるままにカートを機首側によせた。

離着陸の安全確保は絶対である。次のレッグ(「leg」離陸してから着陸までの区間、区切りをこう呼ぶ)でも、私は離陸の時には飛行機が傾く方向、つまり機首と反対側にカートを寄せ、着陸に前には機首方向へ移動させた。

「ミスクカートはどこへいったの!?」
最終チェックの報告をしに来た国内線の先輩が厳しい口調で私に言った。
「あ、こちらに移動させましたが・・・」
私の言葉が終わるか終わらないうちにその先輩は、
「ミスクカートは搭載された位置を動かしてはいけないのよ!」
と言った。ミスクカートは定位置に。そんなことはわかっている。しかし、「安全上の理由から移動させた」と言うことを私はいうことができなかった。それは「口ごたえ」と取られかねなかったし、またそうすることで「生意気な新人」と言うレッテルを貼られ、今後の仕事がやりづらくなることを私は恐れたからだった。
「申し訳ございません」
私はそう言ってその先輩の目の前でカートを移動させた。
少しして、先ほどの国際線の先輩がカートの位置をチェックしに来た。
「あら、さっきいったじゃないの・・・」
私はどうすることもできなかった。
「申し訳ございません」
そういってまたカートを動かした。何だかとても惨めな気持がした。でも、新人の私にはどうすることもできない状態だった。とにかくその場は「先輩のいうことを聞く新人」を演じなければならなかったのである。

飛行機が到着してからお客様が降機し、次のレッグの搭乗までに時間があった。機内清掃も終わり、搭載品のチェックが終了し、早めのセキュリティーチェックが終わったころ、国内線の先輩に呼ばれた。話の内容は、
「もっと積極的に仕事をしなさい」
と言うものだった。まず、セキュリティー・チェックの時に先輩の手をかりるとは何事か、から始まって、先ほどのカートの位置の話に及んだ。
「まだ新人だし、仕事に不慣れなのはわかるけれど、人より時間がかかるのならどうして早めに仕事に取りかからないの・・・・」
すべて自分ではわかっていることばかりを指摘された。特に、仕事の要領の悪さは自分でもいやというくらいに自覚していることだった。自分なりに一生懸命にやっていてもまったく評価されていない。それが辛かった。それに、カートの件は「言い訳」できないのに腹が立った。私が口答えもせず、うつむいて聞いていたので、
「私、間違えたこと言っていないわよね!?」
とその先輩が念を押すように入った。しかし、その言葉を聞いた途端、私の目の前は涙のためにまばたきもできない状態になっていた。でも、口ごたえはできない。顔をあげなければならない。
「はい、間違えていません・・・」
そう言うのが精いっぱいで、もう涙が頬をつたっていた。
「それって、私のせいで泣いているわけ?」
「いいえ、自分が悪いんです・・・」
「泣くならラバへ行って頂戴。私が泣かしたと思われるじゃないの!」
(ラバ:ラバトリー「lavatory、トイレの略)

「申し訳ございません・・・」
私は走ってラバに入った。鏡には情けない自分が映っていた。
「どうしてこんな思いをしなくてはならないんだろう・・・」
そう思った途端、鏡の中の私の唇はわなわなと震え、涙がどっとあふれた。先輩も悪気があったわけではないだろうし、とにかく一人前に仕事ができればこんなことにならないわけで・・・。とにかく頑張るしかないじゃない。
「はい、まもなくボーディングです・・・」
P.A(機内アナウンス)の声ではっとした。泣いている場合ではない、お客様がいらっしゃるんだ。
「パンッ、パンッ」
頬を2回両手で叩いて涙を拭いた。とにかく笑顔にならなくては。
ラバから出てくると、お客様がもう搭乗し始めていた。
「こんにちは、いらっしゃいませ・・・」
先程の悔しさはひとまず置いておいて、私は接客モードにはいっていた。
その一方で、自分が辛いと感じたことは忘れずにいよう、そして、
「私の後輩にはこういう思いはさせないようにしよう」
そう思いながら仕事をした。

そんな厳しかった先輩も、しばらくしてから、
「うん、頑張っているじゃない?」
と言ってくださるようになった。何だかんだいってちゃんと私の仕事ぶりを見ていてくれたのだ。怒られたときはとてもいやな思いがしたものだったが、それ以降、その先輩が退職するまでとても可愛がってもらった。今となっては我慢して口答えしなかったことがよかったようにも思える。

人間関係をうまくやっていくというのは、時として忍耐が必要なことを私はこうして新人の時に思い知らされた。とはいうものの、こういった「いやな思い」はできればしないほうがいいに決まっている。
自分の後輩にはそういう思いをさせることなく、のびのびと仕事をさせてあげたい。私たちが相手にするのは「先輩」ではなくて「お客様」なのだから。私は痛切にそう思っていた。

しかし、実際自分に後輩ができたとき、そういった思いを持つことが時として裏目にででてしまうことになろうとは。

その時の話はまた別の機会にご紹介したいと思う。

 

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