◆ 新人は大変だ(国内編)〜 転機

国内線を乗務し始めて三ヶ月余り、相変わらず後輩は入ってこない状況は続いた。つまり、ジュニア・ディューティー(junior duty)をするのは毎回自分と思ってまず間違いない。とはいえ、多少その日のメンバーの雰囲気で緊張したりしながら、でもなんとか先輩に迷惑をかけない程度には雑用ができるようになっていた。考えてみれば同じことを何度も繰り返していれば自然と身についてしまうのは当たり前のこと。ギャレリーナぶりも多少は様になってきたのかもしれない、などと思い始めていた。

あるとき、国際線の男性チーフがヘッドをとるフライトに乗務することになった。チーフ以外はすべて国内線所属で、一泊二日の「3leg-2leg(一日目が3回乗務、二日目が2回乗務〕」のパターンだった。

いつものように私は前方ギャレーをアサインされた。
最初のleg。いつもの通りギャレーの仕事をし、サービスも一段落着いたので片付けをしていた。するとその男性チーフがカーテンを開けて入ってきた。

「君はチェックアウト(独り立ち:訓練バッヂを外して乗務すること)してどれくらいになる?」
「そろそろ3ヶ月になります。」
「それじゃあ、ギャレーのアサインが多いでしょう?慣れた?」
「いえ、慣れるというか・・・雰囲気には慣れてきました。」
色黒でスポーツマンタイプのその男性チーフは、私の的を得ない答えに笑いながら言った。
「それじゃあね、残りの2legはキャビン・ディューティーをしなさい。パーサーに了解を得ておくから。」

なぜそのチーフが私にキャビン・ディューティーをするように言ったのか、私は全くピンと来こなかった。たまにはキャビンにでも出てみたら、などという心遣いか。キャビンに出られるのは嬉しさ半分、不安半分。ギャレーではおしぼりの数や、作らなければならないお茶の数を把握していればどうにか仕事はできていた。しかし、キャビンとなると自分の担当するお客様についてどのような気を回してサービスしたらいいのか、皆目検討すらつかない。こんなことを言うとおかしく思われるかもしれないけれど、無意識のうちに先輩の顔色をうかがうことが先決になってしまい、本来の「接客」についてはかなり臆病になっていた。とにかく、それだけギャレーでの仕事に張り付いていたのだった。

「どうしたらいいんですか?」
2leg目のための機内清掃が行われている間、私はそのフライトですぐ上の先輩、とは言っても一年国内線を乗務して、そろそろ国際線へ移行が決まっているいわば「ジュニアのベテラン」のような人に助言を求めた。
「とにかくお客様から頼まれたことは忘れないようにすれば大丈夫よ。ギャレーは私がやるし、何かあったら聞いてね。」
さすが一年も仕事をしている人は違う。その先輩に後光が差しているような錯覚を覚えた。
「よろしくおねがいしますっ!」

そしてサービスが始まった。客況は八割程度。エプロンに着替え、おしぼりのサービスをする。幸い自分で手に負えないような無理難題をお客様から頼まれることはなかった。ホッとしながらギャレーに戻ると、すでに次のサービスの準備が整っている。カートの上には熱い飲み物の入ったポット、カートの中にはリフレッシュメントが、各担当のお客様分だけきちんと振り分けて入っている。しかもサービスをし始めてから、
「そろそろポットのお茶なくなるな・・・。」
と思うまもなくポットのsupplyをいいタイミングで先輩はしてくれるのだ。

カップなどの回収が終わり、エプロンを脱ぐころにはギャレーの中はきれいに片づいていた。お湯の入っているコンテナーの使い方も無駄がない。気が付いてみると、先輩はさっさと着替えて雑誌を持ってキャビンに出ていた。

今までギャレーをしながら、何となくもやもやとしていた霧のようなものが晴れてくるのがわかった。そして、
「ギャレーを担当しているとなかなかキャビンに出てお客様と接することができない。」
そう思い込んでいた自分を恥じる気持でいっぱいになった。すべては自分の仕事に対する甘さがそうさせていたのだ。キャビンに出る時間をなくしていたのは自分自身だった。

カーテンがさっと開いたかと思うとチーフが入ってきた。
「キャビンはどうだった?」
「難しいです・・・。」
「仕事は何でも慣れだからね。まあ、頑張って。」
「はい、ありがとうございます。」
そう言って私がキャビンへ出ようとすると、
「ちょっと待って。スモール・トレーを持っていきなさい。」
といってそばにあったトレーを私に差し出した。
「あのね、手ぶらで歩くほど難しい事はないんだよ。とりあえずキャビンに出る時は何か持って出なさい。今はサービスが終わったばかりだから回収しきれていないカップなんかがあるはずでしょう?そういうのがないかな、と思いながらキャビンを歩くと、自然とお客様の様子に気を配ることになるし、一石二鳥ってわけだ。」

言われるままにトレイを手にキャビンに出てみる。すべてチーフのアドバイス通りだった。トレイを持って歩いていると、お客様から空になったカップを渡される。他のリクエストも受ける余裕ができる。
「何をすればいいのか」
そんなことを先輩に聞くのは野暮というもの。気づいた事柄、すなわちそれが自分の仕事になる。

二日目の仕事はギャレー・ディユーティーだった。しかし、今までの自分とはどこかしら違っていた。考え方一つでこんなに気持が楽になるとは。仕事を終えてようやくチーフの意図がわかった。

「いろいろありがとうございました。」
5000人からいるキャビン・クルー。また一緒に仕事ができるとしたら、それは奇蹟に近いかもしれない。とにかく私はチーフにお礼が言いたかった。
「君もいずれはインター(国際線)へ来るんでしょう?」
「はい、その予定ではいますが・・・」
「うん、楽しみにしているからね。国際線の方が楽しいかもしれないよ?」

やはりそれ以降、そのチーフと一緒に仕事をするどころか、お会いする機会もなかったけれど、今にして思えば私の仕事をしていく上での基本的な「心構え」のようなものは、このチーフとの出会いによることが大きい。

こうしてクルーとしてやっていく自信がこの日を境につき始めたころ、先輩達と接するのも苦ではなくなり、自然と仕事にも張り合いが出てきた。

そしてそんなささやかな余裕が出始めた頃、待望の後輩がやってきたのである。

 

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