◆ シングル・パターン(一人旅)〜 その2

タクシーの窓から見えるオランダ、アムステルダムの市街。
空はどんよりと曇っている。石造りの建物と運河の織りなす風景は観光案内のパンフレットに載っているような「ヨーロッパらしさ」を漂わせていた。とはいっても、季節が晩秋ということもあって、名物の「チューリップ」の花が店頭に並んでいるはずもなく、せいぜいその球根が関の山。しかも、町を美しく演出するはずの街路樹はほとんど葉を落としていた。
そしてその風景が私の気持をますます不安させていく。

もしこれが観光だったら、このタクシーの運転手さんにも気軽に声をかけたりすることもあるのだろうけれど、今の私にはそんな余裕すらなかった。そんなことよりも、本当にこのタクシーは空港まで行ってくれるのだろうか、などという不信感すら芽生えてきてしまうのだった。

少しでも気持を紛らわせようと、ショルダーバックの中身を整理し始めたけれど、落着くどころか余計な心配、つまり忘れ物はしていないかなどが頭をもたげてきてしまう。仕方がないので目を閉じて、あわよくば寝てしまおうと思ったものの、これがかえって逆効果。自分の心臓の鼓動が気になりだしてしまった。つくづく小心者だなあ、と情けなくなりながらも、そうこうしているうちに、いつの間にか窓からは市街の風景がなくなり、空港の建物が見え始めていた。

出発ロビーでタクシーを降りると、指定された便に乗るべく「SAS(スカンジナビア航空)」のチェックインカウンターへ向かった。

大きなサムソナイトをチェックインして座席を指定してもらう。渡された搭乗券を見てびっくり。なんと座席のクラスが「C(エクゼクティブ・クラス)」になっている。とっさに自分の会社のCクラスの待遇を思い出して、何だか申し訳ない様な気持になってしまった。フライト時間はおよそ一時間二十分程度。とはいえ、国際線。通常ならリカー・サービス、食事のサービス、機内販売と、ただでさえ盛りだくさんの国際線のサービス内容。それがわかるだけに、一体どんなサービスがくり広げられるのかここは勉強させてもらうことにしよう。

さて、迷子になることを避けるために、とにかく早めの行動は鉄則とばかり、チェックインを終えた私はさっさと出国検査を済ませ、搭乗口へと向かった。

まず、電光掲示板で自分の搭乗券に記載されている搭乗口の番号をチェック。そして、あとはその番号の書いてある方へひたすら進む。

しかし、ここは天下のスキポール空港。とにかく広い。この空港を経由してほかの国へ行く飛行機が多いせいもあり、必然的に「お土産店」「免税店」が多くなるのも頷ける。

それにしても、行けども行けどもお店が途切れることのない状況に、さすがの私も根負けしてしまった。時計を見ると搭乗時刻までまだ一時間あるではないか。「またいつ来られるかわからないし・・・」
という気持が芽生えたものの、それは小心者の私。搭乗口から一番近く、お店の密集しているところを選んでにわか観光客になることにした。

お店を見回すと、免税店以外では、オランダの伝統工芸と呼ばれているもの、レース製品、デルフト焼、銀細工などが並べてあり、勿論チューリップの球根も売られていた。

当時、食器に関心のあった私は、デルフト焼を購入すべきかどうか迷ったけれど、やはりこれからコペンハーゲンに行くことを考えると躊躇した。何しろこれから向かうコペンハーゲンといえば、「ロイヤルコペンハーゲン」がある。しかも滞在日数がおよそ四日間。ほかにも余計な買い物をしてしまうのは必死だった。荷物を極力増やさないことは、まだ下っ端の私には大切なことだったので、今回は見送ることにした。
(仕事が一人前にできもしないうちから買い物を沢山することは生意気だ、と思われかねなかったし、実際気の強い先輩などは平気でそれを口にする人もいた)

結局、いろいろと見て回ってようやく買うことにしたのは、オランダならではの木靴のキーホルダーとポストカード。(このキーホルダーはそれ以来ずっと仕事用のショルダーバックにつけることになる)
「これって、傍から見たら絶対スチュワーデスの買い物とは思われないだろうな」
世間の期待を裏切っているようでちょっと小気味よかった。

ふと時計を見ると搭乗時刻二十分前。最寄りの画面でもう一度搭乗口の変更がないか確認をしてから、再び緊張を取り戻しつつ待合所へ。

空いているイスに腰をかけて外を見ると、小さな飛行機が停っていた。ブリッジはついていないけれど、恐らくこの飛行機に乗ることになるのだろう。同じ便に乗るのであろう人たちはみな欧米人で、ビジネスマン風の人が目に付いた。

搭乗時刻五分前。マイクで搭乗時刻の案内が入る。どうも飛行機そのものの到着が遅れたので、搭乗時刻も十分ほど遅らせるようだ。

このころになると、この便に乗る人たちはほとんど集まっているはずなのだけれど、みんな座って雑誌やら新聞を読んでくつろいでいる。改めて辺りを見回すと、どう考えても東洋人は私一人。つまり、日本人は私一人ということ。何かあったらそれこそ大変だ。日本語が通じないという不安。帰国子女だったらこういった言葉の不安は軽減されるのだろうけれど、今さらそれを言ったところで始まらない。どう転んでも私は日本人なわけだし。先ほどの買い物で緊張はほぐれたはずだったのに、再びホテルで見送られた時の心細さがよみがえってきた。とにかく、飛行機が何事もなくコペンハーゲンに到着することを祈るのみである。

「お待たせしました・・・」
英語、オランダ語、あとは聞いたことのないような言葉で搭乗案内のアナウンスが始まった。コペンハーゲンへ向かうので恐らくデンマークの言葉なのだろう。

搭乗口をくぐると、そこから飛行機へ繋がっていると思われたブリッジは斜めに傾いていていた。おそらく飛行機が小さいために、直接建物から伸びているボーディング・ブリッジを付けることができないのだろう。だから一度地上に降りてから搭乗するに違いない。そう思ったものの、連なったその列はなかなか進まない。ようやく地上に降り立ったかと思えば、列の先頭には荷物の山。本来ならすでに飛行機に搭載されているはずの荷物である。

ささやかながら空港で研修したことのある私だったけれど、何故そのような状態にあるのかは全く見当がつかなかった。一度チェックインした荷物は、到着地のロビーでターンテーブルに乗って出てくるまではお目にかかれないのがいわゆる「通常」なわけだし。

「自分も荷物もちゃんと飛行機に乗れるのだろうか?」
またしても緊張し始める私だった。

その3に続く

 

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