◆ お客様編 〜 哀煙家

最近禁煙の場所が多くなったせいか、歩きタバコをする人が急に増えたような気がする。特に若い女性。
一昔前までは信号待ちでタバコをふかしながら待っている女性などいなかったし、むしろ、
「はずかしい」
くらいの感覚だったはずなのに、一体何の影響なのだろうか。

さて、全席禁煙のフライトがほとんどになっている最近ではわからないけれど、ある一定の時間、
「タバコを持っているのに吸うことができない」
という状況は、愛煙家の方にとってこちらが想像する以上にいらだつことらしい。それは私が現役だった当時から感じていることだった。
「どこもかしこも禁煙で、一体俺達(愛煙家)の人権はどうなるんだぁ!」
とギャレーに怒鳴り込んでいらっしゃる方もいらしたほど。

「それなら喫煙席をもうけている航空会社を選んでいただいて結構です!」
と言いたいところだけれど、それが言えないのがこの仕事の辛いところ。
そしてさんざん悪態をついて私たちを困らせた揚げ句、なんとか喫煙できるようにできないか、いやできるはずだと言いだすお客様。そして最後に、
「前はギャレーで吸わせてくれた!」
と駄々をこねる。これ以降の判断はチーフ任せなので私たち下っ端は何もいうことができないし、先輩方の対応は様々。中にはトイレで火災報知器を鳴らさないようにタバコを吸う方法を伝授してしまうこともあるらしいが、これは言語道断。タバコが引き起こす「万が一」(この場合は「火災」)に対する考え方が甘いとしか言い様がない。

そういえばこんなお客様がいらしたのを思い出した。
確かにその日の天候は悪く、テレビでは、
「梅雨前線が・・・」
という言葉が必ず聞かれる季節だった。
ベルトのサインが点灯、着陸も控えていたので早めに禁煙サインも点いた。
飛行機がかなり揺れてきて乗務員も着席するようにキャプテンからのアナウンスがあった。

と、座席の一部から煙が上がったのが見えた。
なんと、ここぞとばかり思いっきりタバコを吸い始めるお客様がいたのだった。禁煙のサイン点灯の意味よりもタバコを吸っても注意されない環境が整ったとばかりの行動である。ちなみにそのお客様は40歳くらいのビジネスマンだった。
私の座っている乗務員席から十列ほど後ろの席だったろうか。困ったことに声をだして注意できる距離ではない。
通路側にそのお客様は座っていらしたので、私は何とかそのお客様と目を合わせるようにした。席を離れるわけにもいかない。まして、アナウンスで注意するのも嫌がらせとしてはいい方法だったかもしれないけれど、それはお気の毒。

私なりに考えた結果両手で「×」のジェスチャーをすることにした。とはいうものの、その便は満席。私の「×」を見ているのはそのビジネスマンだけではないのだから、事情を知らない人が両手で「×」のジェスチャーをしきりにする私の見たら、
「おいおい、だいじょうぶか・・・?」
と思われかねない。でも、しかたがない、火災が起きてからでは仕方がない。

すると、そのお客様、私の胸中を知ってか知らずか美味しそうに一服しながら人さし指を立てる。どうも、
「この一本だけ見逃してほしい」
ということらしい。
それでも私は首を振りながら今度は大きく「×」のジェスチャーをした。
他に吸いたいお客様がいらっしゃるに違いないし、それに便乗して一斉にタバコに火を付け出すことだって考えられる。そうなったらもう手の施しようがない。

かなり揺れがひどくなってきた。

そのお客様、今度はタバコを持ちながらこちらに向かって手を合わせた。
「そうかたいことを言わずに、お願いしますよ・・・」
とでも言いたげだ。
私はだんだん腹が立ってきた。大の大人がこれくらい我慢できないのかしら。ビジネスマンなら協調性があってもいいようなものなのに(と思うのは私の偏見か?)。
最後にようやくお客様はその火を消してくれた。私がよっぽど怖い顔していたのだろう。でも、しっかりとタバコは半分くらい吸ったようだった。

機内で一番怖いのは「火災」だ。飛行機が飛び立って消火器や水に限りがあるなかで、ちょっとした事がきっかけで大きな火災に繋がったときにどうすればよいのか。乗務員は日頃から訓練を受けているので、その対処の仕方はたたき込まれているけれど、それを消し止めたところであらゆる弊害が出てくる事を否定はできない。だから「火災をださない」ということに神経が集中するし、訓練所時代から事あるごとに言われ続けてきた。だから私の「×」のジェスチャーは必死にならざるを得なかった。

ちなみに私はタバコは吸わない。煙も勘弁して欲しいくらいだ。嫌煙家とでも言おうか。そんな私が書くことなので、愛煙家の方には少々耳の痛い話かもしれない。でも、機内での禁煙、少なくともそう決められている場所での喫煙はご遠慮いただきたいものである。まさか「×」のジェスチャーを仕事を退いてからするわけにはいかないけれど、最低のマナー、ルールくらいは、たばこを吸えるほど大人なのだから守って欲しいな、と思う今日この頃である。

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