◆ お客様編 〜 ガチャピンとムックがやって来る

新たに配属されてきた後輩は四人だった。自分が乗務し始めたころと彼女達を比べてしまうのだけれど、人数が多いせいもあってだろうか、「緊張している」とは言っても、その質はかなり違っていた。グループフライトの時は、まずたった一人でアサインされることはなかった。つまり、何かあったときに助け合える仲間が、常に一緒に乗務していることになる。傍から見てそれは大変羨ましいことだった。

新人のうち二人は関西出身。この二人が一緒のフライトになると、何故か漫才が始まる。しかも、関西出身先輩がいようものなら、ボケとつっこみのオンパレード。東京出身の私には入り込めない世界が繰り広げられるのである。とはいうものの、にわか観客として結構楽しませてもらっていた。

さて、そんな彼女達がチェックアウトしてからのこと。ショウアップして自分の名前を消すと(このことで「自分は出社している」ということになる)、
「SPCL あり」(SPCL・・・Specialの略)
と、これから乗務する便名の横に赤字で書かれている。この「SPCL」はあらゆる可能性があった。もしかしたら、Specialなお客様(V.I.P.扱いの方など)がご搭乗になるとか、場合によっては事件の犯人が護送されてこの便を使うとか、とにかくいろいろな事が考えられた。

ブリーフィングが始まった。これはコックピット・ブリーフィングの前にキャビンを担当する私たちがどのようなサービスをするかなど打ち合わせをするためのものだ。ちなみにコックピット・ブリーフィングでは、フライトの運行状況、高度や速度、そして緊急事態に備えての事柄の打ちあわせをする。

「おはようございます。皆さんも気が付いていらっしゃると思いますが、早朝便にSpecialがあります・・・。」
果たして、どんなSpecialか・・・。

「テレビの取材が入ります。」
みんな顔を見合わせてニヤついている。クルーだって結構ミーハー。テレビに映れるなんて、めったにないのでちょっとワクワクである。

「その取材なんですが、『ひらけ!ポンキッキ』のガチャピンとムックがプリフライト・チェックをしているクルーを紹介する、というものだそうです。」

「ああ、そういえば、いろいろな仕事の紹介のコーナーってやっていますよ。」
すかさず小さなお子さんがいる先輩が、どんなものなのかを説明してくれた。小さなコーナーなので、正味5分もないのではないか、という。
「やはり子ども向け番組だし、若者がいいかな。」
こうして白羽の矢が立ったのは関西出身の新人だった。新人、といっても彼女は既卒採用なので、私より年上だけれど。

「関西方面でも放映しているんでしょう?きっとテレビに映ったら、お家の方も見られるでしょう。」
仕事を始めると、なかなか里帰りができないことをチーフは気づかっていた。
「では、そういうことで。Nさん、頼んだよ。」

Shipに乗り込んで通常のチェックが終了した頃、テレビクルーが到着した。勿論、キグルミのガチャピンとムックも一緒である。しかし、まだ足の部分しか着ていなかった。キャラクターとは似ても似つかない(あたりまえか(笑))、青年二人だった。
「よろしくお願いします。え〜っと、どのスチュワーデスさんが撮影のほうに・・・?」
後輩Nが打ち合わせをしている様子を、私たちは遠巻きに見ていた。

「ひらけ!ポンキッキ!」は私が小さいときから放映されているもので、ガチャピンは恐竜の子供をモデルにしたような黄緑色のキャラクター。ムックはどうも雪男の子供、という設定らしいので、赤い毛むくじゃらで、何故か頭のてっぺんにプロペラを付けている。子供の時に見ていた彼らが年もとらずに(当たり前だけれど)目の前にいる。このチャンス、滅多にあるものではない。思わず私の取った行動とは・・・・。
そう、「触る」。
特に毛むくじゃらのムックは子どもの頃、どんな手触りなのか想像しかねていた。ついに小さいときからの謎が十何年目にして解き明かされるときが来たのである。

カメラがまわっていないとき、私は何気なくムックの背後にまわり、その毛並みを確かめた。そして、次いでにガチャピンの尻尾の感触も・・・。そして思わず私は、
「何だかムックの毛ってモップみたいですねえ。」
というと、先輩達が笑った。予想以上の感動はなかった。それは恐らく私が大人になってしまったからだろう。

撮影の最中は音声の録音は全くなかった。後からキャラクターの声をかぶせるのだそうだ。それにしても、物言わぬキャラクターほど笑えるものはない。ジェスチャーだけでその場の会話を成り立たせてしまうのである。

たとえば「驚く」という仕草は、ちょっと間をためてから両手をパッと広げる。キグルミだから実際にその中に入っている人よりも、手足の長さのバランスが短い。それを無理してパッと手を広げるのだから「声」がないだけに滑稽である。しかも、中に入っているお兄さん達の顔は撮影が始まる間際まで見ていたし。

「ハイ、結構です〜!」
その声と同時にガチャピンとムックは、後輩のNに駆け寄り、握手をした。
「あ、私も〜!」
別の後輩も彼らに握手を求めた。
「それじゃあ、私も。」
どさくさに紛れて私も握手をしてもらう。可愛らしいキャラクターの顔とは違って、やたら二人とも力強い握手だった。

そして、オンエアーの日。
無口だったガチャピンとムックは、テレビになると急におしゃべりになっていた。
「スチュワーデスさんのお仕事って大変ですねえ。」
「あ、おしぼりがこんなところに入っている!」(ここで両手をパッと広げる)
後輩のNが映っていたのは、一分あるかどうかだった。でも、結構「スチュワーデスさん」のイメージ通りに映っている。

「Nちゃん、映ってたね〜!」
ショウアップの時に声をかける。
「ビデオ撮った?」
「そりゃあ、もう撮りましたよ。実家に送りました(笑)」
それを聞いていた先輩がぽつりと、
「本当は私、出たかった;;」
先輩のお子さんは「ひらけ!ポンキッキ!」を見ているらしい。そういえば、ブリーフィングの時に「そのコーナーは・・・」と説明してくれたのだった。確かにお嬢さんが見ている番組に自分が出れば、母親としての株が上るに違いなかった。
「そんなあ、おっしゃってくだされば代わったのにぃ・・・。」
と後輩N。
「でも、ほら、やっぱりスチュワーデスのイメージって若いほうがいいでしょう・・・。」
私とNは顔を見わせるしかなかった。

素敵な「ママさんスチュワーデス」は多くいらっしゃるけれど、現実的にメディアが欲するイメージは違っていた。

以前、先輩から言われた事があるけれど、
「スチュワーデスはある意味、夢を与える職業」
なのだそうだ。それを言った彼女は既婚者だったけれど、仕事中は結婚指輪を外していた。果たして、その「夢」がどのようなことなのかは、言わぬが花なのかもしれない。

でも、ここで声を大にして言っておきたい。
自分がどんな環境であっても、好きな仕事を続けている人達は、誰が何と言おうと生き生きとしていて「美人」に間違いないのである。

 

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