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スチュワーデスへの道 〜 入社までの間(その2)
羽田空港でのアルバイトは、日々新しいことの発見だった。
それとともに、社会人になりきれていない自分になんとか下駄を履かせて、自然と大人たちのペースに合わせていくことが少しずつ出来るようになっていく。空港内を駆け回り、ようやく仕事が終わると、
「今日も無事に飛行機が飛んでよかった」
などと思えるようになってきた。
それくらいになってくると、
「今日はどんなお客様と会えるのだろう」
という余裕もでてくる。そして実は注意して空港を歩いていると、芸能人を見かけたりすることもあって、結構楽しかったりする。
実際「芸能人」と呼ばれる人達は、メディアから受ける印象とかなり違うものだ。まず、テレビ画面から想像しているよりも、だいたいの方が小柄である。また、チェック・インのときは言葉を交わすのでその人の「素」の部分を垣間見ることがある。
どうしても印象に残ってしまうのは、言葉には出さないけれど
「自分のこと、名乗らなくても知ってるでしょ?」
といった威圧的な感じの人達もいる。そうなると、こちらとしてはミーハー心はすっかり薄れ、「感じの悪い人」と言うレッテルを貼りたくなってしまう。また、そういう人を取り巻いている人達も気の毒に思ったりする。
さて、その日の私の仕事は、手荷物検査を通り抜けたところにある搭乗口の案内掲示板の前で、お客様に搭乗口(ゲート)を案内をすることと、ゲートでの搭乗券のもぎりだった。
通常、空港に着いてから飛行機に乗るまでの流れは次のようになる。
(当時の羽田空港の場合だが)まず、カウンターでチェック・インを済ませ、航空券から座席の印字してある搭乗券に換える。そこで預ける荷物があればチェック・インする。次に手荷物検査を受け、ロビーへ。
搭乗時間に近くなるとそこから改札口を通って搭乗口のある待合室へ案内され、時間になってようやく搭乗、となる。
つまり、ゲートで私がお迎えするお客様はすでに搭乗手続きを済ませている、ということになる。
掲示板の前に立っていると、当時のアイドル的存在グループ「チェッカーズ」の面々がぱらぱらと姿を見せ始めた。やはり、テレビで見るより小柄な感じである。メンバーの一人が案内掲示板にやってきた。手もとにある搭乗券は赤だったので札幌(千歳空港)行きに乗ることがわかった。何と、これから自分がもぎりをする便ではないか。
「札幌行きは○番ゲートでございます・・・」
聞かれもしないのに、思わず言ってしまった。彼は、
「行き先も言っていないのにどうしてわかるんだろう?」
と言うようなキョトンとした顔をして
「はあ、どうも・・・」
と言って立ち去っていった。
現在では新しい機械の導入でなくなってしまったが、当時の搭乗券やチェックインした荷物の札などは、行く先によって搭乗券の色分けがしてあった。例えば大阪は緑、札幌は赤、福岡は茶色といった具合に。ちなみに東京は青だった。
さて、待合室を開ける時間になり、入り口でもぎりをしだしたら、いつになく女性客が多いことに気付いた。しかも彼女達の年齢は(見た目は)似たり寄ったりである。かといって団体と言うわけでもない。
「何となくいつもと違うな」
と思いつつ、私はひたすらもぎりに専念していた。
チェック・インした人数の三分の二程をもぎると、さすがにゲートに向かって歩いてくる客足もまばらになってくる。チェッカーズの面々はみんな搭乗口の待合室にある椅子にばらばらに座っていた。彼らのことを知る人達は遠巻きになって気づいているのに気づいていないような振りをしている。
機内への案内時間までにはあと10分ほどあった。
そんなところへ、ぱたぱたと4人の女の子達が走ってやって来た。しかし、私の立っている場所から2メートルくらい手前でぴたっと止まった。
「確か、この便にいるはずなんだけどぉ・・・」
その内の一人が私の後ろ側の搭乗待合室の中を誰かを探すように見ていた。
あとの三人も何となく煮えきらないでもじもじしている。
「ほんとにいるかなあ、違ったらどうしよう?帰ろうか・・・・」
彼女達の持ち物に何気なく目をやると、『チェッカーズ』のロゴが。
その様子を見て、ようやく彼女達がいわゆる「追っかけ」であり、この便に女性が多いことの理由がわかった。
そういえば、たまにオフィスや予約センターに
「○○って何便に乗りますか?」(○○とは芸能人の名前)
と、問い合せの電話がかかってくる、と聞いたことがある。勿論、そのような質問には答えられない。これは一般のお客様に関しても同様である。
私はとっさに、
「チェッカーズならこの待合室にいますよ」
と声をかけそうになるのをぐっとこらえた。
飛行機に乗らないのは構わないが、ここで何も言わずにそのまま後戻りして、到着ロビーから出て帰られてしまったのでは大変なことが起こってしまう。
ここまで来たんだからさっさとこの待合室まで入ってくれればいいのに。
私はやきもきしてしまった。
飛行機が出発するための条件の一つに、
「カウンターでのチェック・イン数と実際の搭乗した人数が一致していること」
と言うのがある。これはつまり、もし、チェックインをした人がゲートに現れないで、それらの数が一致しない時(「旅客不一致」という)、飛行機の最高責任者である機長は、保安上の理由からその便を出発させない。
「そんなお客一人くらい来なくたって、他の人が待っているのだから出発してしまえばいいのに」
おそらく大半の方はそう思っていらっしゃるに違いない。しかし、飛行機を飛ばすことの根底にあるのは『保安』、つまり『社会的安全性』が確保されている条件付きなのである。
例えば、その姿が見えないお客様が荷物だけをチェック・インしている状態は、その荷物が爆弾であってもおかしくない可能性を意味する。また、荷物のチェック・インがなくても、お客様自身が空港内でいなくなって、関係者以外立ち入り禁止の区域にはいってしまったら。しかも、それが意図的だったとしたら。これはまた様々なことが起こりうる要因となってしまう。
実際、私がアルバイトしていた短い期間でも2件くらい「爆弾をしかけた」と言う脅迫電話が空港のオフィスにかかってきたこともあった。(結果的にそれらは単なるいたずら電話だったのだが。)
つまり、この『空港』は社会的ダメージを与えるには格好の場所なのである。だから、日夜そこに勤務する人達はそれを年頭に仕事をしているし、状況に応じて警戒体制の段階(フェイズ:phase)が変わる。
よく空港の全館放送で、
「○○行きのお客様・・・」
と何度も繰り返しているが、それにはこのような理由が根底にあったのである。
そして、「定時に飛行機を出発させる」ためにゲートに現れないお客様をみんな必死で空港中さがしまわるのだ。
さて、その追っかけの四人の女の子達は、待合室の中にようやくメンバーの姿を見つけ、「ホッ」とした表情で中に入っていった。そして、飛行機は定刻通り、彼女達を乗せて飛び立っていったのである。
仕事の内容や、どうしてそうしなければならないのかがわかってくるに連れて、いろいろと気をもむ場面が増えてきた。
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