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スチュワーデスへの道 〜 入社式
七月、ようやく入社式の日がやって来た。
入社式は羽田の訓練センターで行われる。その後すぐに入社教育を受けるために合宿所へ向かうことになるので、しわになりにくいワンピースに、夏用のジャケットを着て出かけることにした。
他の人達はどのような服装でやって来るのだろうか。自分だけ浮いたりしないだろうか。とにかくおきまりの「紺のスーツ」だけは着るのをよそうと思った。試験の雰囲気からして「紺色のスーツ」に代表されるような「リクルートスーツ」で来るような人はいないだろう。
「入社式」という響きは、さすがに今まで経験してきた「入学式」とは違った緊張感がある。
「今日から社会人」
そう頭では思っていても今一つ実感がないのも事実だ。
思えば、面接を受けるために羽田へ行ったのは去年の今ごろ。
志望はしていたものの、まさか採用されてここへ来ることになるなんて当時は考えられないことだった。
浜松町でモノレールを待っているとふいに、
「おはよう!」
と声をかけられた。羽田で同じ時期にアルバイトをしていたBだった。やはり彼女の服装は「紺色のスーツ」ではない。
「元気だった?バイトが終わった後は何してたの?」
お互いにアルバイトが終わってからの報告をしあっていると、モノレールがやって来た。私たちの会話は途切れることなく続く。車両に乗り込みながら何となくあたりを見渡すと、同じ車両の中に私たちと同じような感じの人が何人かいることがわかった。服装がきちんとしているのと(でもリクルートスーツではない)、何よりもその背の高さで目立っていた。そして、何となくその雰囲気も周囲とは違っている。案の定、彼女達も羽田空港で下車し、同じ方向へ歩いていく。
「あ、あの子知ってる!」
Bが同じ車両にいた一人の女性の背中を指して言った。私が何となく気になっていたきれいな女性。でも、Bいわく、彼女も内定を取ったのは知っていたけれど、まさか自分と同時期の入社になるとは知らなかったらしい。それに、学校が同じというだけで話したことはないのだそうだ。
空港を抜けて、訓練センターへの送迎バスの停留所へ行くと、見事に背格好の同じような女性がずらりと並んでいた。一目でスチュワーデス予備軍ということがわかる。同じバスに揺られながら、確かに私もその中の一人なのだけれど、何となく自分だけ浮いているような感じがした。と同時に「リクルートスーツ」ではなくて正解だったことを改めて実感した。
私の短大生活を振り返ってみると、それはオーケストラ部一筋の極めて地味なものだった。同級生がお化粧やアクセサリー、コンパなどに夢中になっている時期に、自分はヴィオラをかかえて部活に精を出していた。
当時は「CANCAN」「JJ」といった雑誌がブームで、女子大学生を「ギャル」と称してメディアで持ち上げていた。「聖子ちゃんカット」が流行り、「おかわりシスターズ」、「おニャん子クラブ」もこの頃で、まさにバブル全盛期。しかし、そういった風潮に完璧に乗り遅れてしまった私には、いわゆる「ギャル」の生活を送ってきた人達に対するコンプレックスがあった。そういったことに興味がなかった、という以前に、彼女達の雰囲気に馴染めなかったとも言える。試験を受けている間は、意気込みからだろうか、そのコンプレックスすら何処かへ行ってしまっていたけれど、これから彼女達と一緒に仕事をすることを思うと、改めて何となく引け目の様なものを感じざるを得なかった。
訓練センターに着くと、送迎バスから降りた人達のほとんどは「入社式」が行われる教室をめざして歩きだした。教室へ向かう途中、制服を着て「訓練生」のバッジをつけた人達数名とすれ違う。「スチュワーデス物語」を思い出させるようなショートカット。訓練中とあって、緊張した雰囲気だ。
「おはようございます!」
はっきりした声で挨拶される。不意打ちにあった私たちは、
「お、おはようございます!」
ちょっとタイミングはおかしかったが、負けまいと大きな声でそれに答えた。
「なんか、すごいね」
私は思わずBに話しかける。
「テレビの中みたいね。」
教室に入ると、廊下での緊張した空気とは一変して明るい雰囲気に満ちていた。やはりこの日を待ち望んでいた、という気持がそうさせるのだろう。
私たちは新卒の最終組。全員で六十名、三期からなる。そして全員が短大卒、という事は誰もが知らされていた。
「おはよ〜!」
教室の隅の方にいた同じ学校出身の友達が手を振る。彼女は私が来るまで知り合いがいなかったらしい。見渡すとそこにいるほとんどの人達が話をしていた。少なくともこれから入社式が始まるような雰囲気ではない。
「いよいよだね・・・。」
たわいもない話しをしているうちに、入社式の始まりを告げるべく一人の男性社員が正面にあるマイクの前に立った。それと同時にチャイムが鳴ったので、みんな指定された席についた(訓練センターでは学校と同じく、授業の始まりと終わりをチャイムで合図していた)。
式典の流れの説明の後、
「社長になりかわって・・・」
という方からのお決まりのお言葉をありがたく拝聴した。
もし、これが四月の入社式なら、同年入社の男性職員も一緒で、会場も少なくともこの訓練センターの教室ではないはずである(第一、人数が多いはずだし)。
そして、おそらくこの式典のはじめには、社長の言葉を直にいただいて、
「これで晴れて社会人だ!」
と改めて希望する会社に勤めることができる感動に浸ったりもしただろう。
そして、中にはテレビのインタビューなどを受ける人がいて・・・。
とにかく、式典そのものが「華やか」だったはず。一般的に、だいたい「式」と名のつく行事は節目となるので、気分的に自分で一線を引くような、厳かな気持になるものであるはず。しかし、私の一生に一度の入社式は訓練センターの教室。先の、テレビで放映された四月の入社式の印象が強烈だった私は、厳かな気持になるよりも、
「スチュワーデスの入社式って華やかだと思ったのに・・・」
と拍子抜けした気持になっていた。
せめてもの救いは、私たち新入社員の服装だった。面接試験などの時とは違って、心なしか着ているワンピースの色やデザインなども「規定通り」という型にはまった感じはない。かといって崩れているわけでもなかった。髪形も訓練前とあってショートあり、ロングありと様々で、この訓練所にいる訓練生を見慣れている人にはおそらく女の子らしく映ったはずである。先ほどすれ違った訓練生もそうだが、この訓練センターでは制服で訓練を受けることが多いので、見た目にもその色で埋め尽くされてしまっているような雰囲気がある。それは「制服を着た学生」を思い浮かべていただくと分かりやすいと思う。「制服」という鎧の中ではその人がどんな個性を持っているか、というのは全く問題にならない。それに対して、まだその個性を私服という形で表現していた私たちは、色とりどりで、きっと華やかに見えたはずだ。
しかし、その一方で今までくぐり抜けてきた試験のことを思うと、無意識のうちに有頂天になってきている自分にも気づかざるを得なかった。式典で話を聞きながらも神経は自分の周りにいる人達へ向いてしまう。「社会人」と呼ぶにはちょっと背伸びをしている彼女達は、それでも「選ばれた一人」としての自信に満ちあふれていた。私も背筋を意識して姿勢を正す。まだ「まっさらな状態」の私たちがそこにいた。
そして窓から見える澄んだ青空は、私たちの心そのもののような気がした。
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