◆ スチュワーデスへの道 〜 入社教育合宿(前編)

「入社式」終了後、私たちはバスに乗って研修所へと向かった。
私たちが静かだったのは式典の最中だけで、結局バスの中では修学旅行のノリですっかり学生に逆戻り。
「黙っていれば美人なのに・・・」
と思わずにはいられないような人達が何人もいた。そう、その中にはあのモノレールの中で見た綺麗な女性も含まれていた。見た目とは違った気さくな様子に少し驚いた。

そんな中で関西弁で話す人達が多いのに気がついた。
聞いてみると、全体の約3分の1が関西出身者である事が判明。
「休みの時に帰れるんだったら、絶対に帰る」
彼女達は口を揃えて言っていた。東京が嫌い、というのではなく彼女達に言わせると、
「故郷(関西)に帰ったほうが落着く」
とのこと。このほかにも地方出身者は何人かいたけれど、彼女達ほど、
「家に帰りたい!」
という気持を全面に出してはいなかった。生まれてこの方、東京以外で、まして親元から離れて生活したことがない私は、そんな彼女達の気持がよくわからない。
しかし、彼女達はいたって明るく、関西特有の「ノリ」で周囲を圧倒していた。
近くにいた私ですら、
「関西弁っていいなあ」
と思ってしまうほどの言葉の魔術があった。しかし、さすがの彼女達も相手が、
「標準語しか話せない人」
とわかると、ペースが乱されるようで、急にリズム感のない話し方になる。それが私にはちょっと面白かったりしたのだけれど、彼女達を見ているかぎり、みんないい人達の様な気がした。

合宿所に到着すると、期とは関係なしに部屋割りをされ、座学のためにいくつかのグループに振り分けられた。そして各グループの担当の紹介。担当といっても様々な職場(現役の客室乗務員だったり、地上職だったり)からやって来た先輩達だった。要は学校のクラス担任の先生、といったところだろうか。私たちは彼らを「リーダー」と呼ぶことになった。

合宿の日程は、朝6時の起床から始まって軽い運動のあと食事。そして9時から17時まで座学。これは「体育」も含む(といってもほとんどお遊びなのだが)勿論、食事や入浴は決まった時間内に済ませる、というものである。そして、就寝は22時から23時の間くらいだったように思う。

説明が一通り終わると、さっそく私たちは割り当てられた部屋へ入った。各室四人ないし五人部屋。私は四人部屋で、私を含めて三人が同じ学校の出身者だった。荷物を部屋に置いて、ベッドの割り当てを決めると、すぐに食事の時間になった。

広い食堂は「学生食堂」を思い出させるようだった。
各自食事を取りに行ってから思い思いの席につくと、一斉に食べ始めた。と、その時
「カシャッ!」
閃光とともに、カメラのシャッターを押す音が聞こえた。一体何事かと思ったが、その犯人は、私の斜め前に座っていた。自分がこれから食べようとしている食事をカメラに収めているのだった。これにはさすがに私をはじめ、同じテーブルに座っているみんなが一斉に彼女に注目した。
「ねぇ、シャッター押してくれない?」
みんなの鋭い視線を知ってか知らずか、彼女は向かい側に座っている人に自分を被写体にしてシャッターを押すように頼んでいる。一体どういうつもりなのだろう?旅行に来ているのではないし、でも、旅行中にその日の献立をカメラに撮る人を生まれてこの方見たことがなかった。
「その写真、どうするの?」
たまらなくなって同じテーブルの一人が聞いた。
「これ?この写真は、彼に見せるの」
「え?彼に見せてどうするの?」
「この合宿の間、私がどんなものを食べていたのか説明するの」
それを聞いた私たちは何とも言えない一瞬の間のあと、何事もなかったように黙々と食事をし始めた。

その頃、私には付き合っていた人はいなかったので、いわゆる「ラブラブ」の状態はどんなものなのかは想像がつかなかった。合宿中、彼に会えない気持がそう言った行動に走らせるのか何なのか・・・。でも、いくら「ラブラブ」といっても、自分が食べていた献立を写真で見せられても。見終ったあとのあの写真はどうなるのだろう?ひょっとしてそれってフィルムの無駄だったりしないのかしら?などと思いつつも、こういったことはその人の自由なので、見ないようにする。
とうとう最終日まで彼女は食事を撮り続けた。
ちなみに、彼女曰く、彼は有名企業に勤めるエリートとのことだった。
これは後日談だけれど、彼女はその彼とそれから長くは続かなかったらしい。

就寝までの時間は入浴を含んだ自由な時間となる。
しかし、どんなタイミングで入浴したらよいのか、が問題になる。
少なくとも男性よりも女性の方の入浴時間は長くなるのが普通で、それも六十人からとなるといくら浴室が大きくても限度がある。結局、大まかに「期ごと」(二十名)に時間を区切ることになった。

残念ながら、普段コンタクトをしていた私は、入浴するときにはそれを外してしまうこともあって、その時の状況を思い出すことはできない。それに、そんな様子を観察できるほどゆっくりとした時間も精神的余裕もなかった(観察するつもりもなかったけれど。)
ただ、覚えているのは、他の人に比べて自分の下着は地味だなあ、と思ったこと。そして、入浴する前としたあとでは顔の感じが変わってしまうくらいお化粧が上手な人がいる、ということだった。

私にしてみれば、下着はあくまでも洋服の下に着るもので、色も「目立たない色」が原則だった。だから、下着そのものが主張するようなものは身に付けたことがなかった。
お化粧にしても、
「どのブランドのこのファンデーションが・・・」
というのも全く知らなかった。母親が使っているのを、
「とりあえず、これ使ってみたら?」
と言われて使っている程度だった。ましてや、
「こうすれば目が大きくみえる!」
というような技術など持ちあわせてはいなかった。ただ単に 、
「身だしなみとしてお化粧をする」
程度のことだったのだ。
これらの、外見を飾ることに対してはとても消極的であった原因については、制服を支給されたときのエッセイにもう少し詳しく書くことにする。

入浴後、就寝の時間までは自由だった。ほとんどの人は、各自部屋に戻って寝る支度をしながら雑談をしていた。一方、彼に電話をかける人はこのときにかけていた。公衆電話は三台しかなく、いつも長蛇の列をなしていた。あのカメラの子もウキウキしながらこの列に並んでいたようだった。

部屋で雑談をするうちに、それぞれの本当の志望動機が明らかになっていく。
(「本当の」と書いたのは、就職試験でみんなが言っていた志望動機はそのほとんどが「建て前」だったため)
ある人は、
「私は一度も飛行機に乗ったことがないの」
という。そんなのでよくなろうと思ったわね、と誰かが言うと、
「だってあの制服が着たかったんだもの。」
またある人は、
「結婚相手を探すときに有利でしょ?」
とあっけらかんと答える。彼女いわく、ここでスチュワーデスとして仕事をしなくても、「スチュワーデスの試験に合格した」というだけでお見合いするときに断然有利になるという。かと思えば、
「私はなりたいものが他にあるの。そのための資金を貯めたい。だってスチュワーデスってお給料がいいでしょ?それに、『スチュワーデスでした』っていうだけで人の見る目が違うもの。」
皆さん、実にしっかりしている。しかし、不思議なことに、
「自分がどんなスチュワーデスになりたいか」を語る人はいなかった。おそらく、看板としてのスチュワーデスは知っていても、実際の業務そのものを知っている人が、私を含めて、誰もいなかったからということなのだろう。つまり、メディアとしてのスチュワーデスはよく知られているが、職業としてのスチュワーデスは知られていないのだ。だから「訓練」とひと口に言っても、
「教官!」
「のろまな亀!」
の掛け合いのイメージしかないのも無理はない。

みんなの話を聞きながら、ホッとする反面、実はここにいる人達は「建て前」と「本音」をうまく表に出したり引っ込めたりすることのできる「器用な人達」が多いのことがわかってきた。おそらく、「本音」で付きあえれば本当にいい仲間として仕事をしてゆけるだろう。しかしその一方で「建て前」だけで付きあった場合の怖さも想像ができた。それは「仮面夫婦」ならぬ「仮面友達」とでもいうのだろうか。それは私のいままでの友達にはいないタイプの人達だった。

 

後半に続く。

 

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