スチュワーデスへの道

 「スチュワーデス志願者」になるまで(後編)

 

 後日、「先日の説明会に出席した学生の中で会社見学会への参加を希望するもの」
という名目で集合がかかった。
今度は短大生と4年生とに分かれて招集がかけられたので、人数は少なく、顔を覚えられるほどだった。
そして、そこには「アノ水玉の子」もいた。
ほとんどは初対面の人たちばかりだったにもかかわらず、名前も知らないうちから何となく和やかな雰囲気になっているのが不思議だった。 

「スチュワーデスになりたい!」
その志が同じだけでどうしてここまでみんな「いいひと」になれるのだろう?
なんだか居心地のいいような悪いような不思議な感じがした。

 学校の就職部からの説明では、「会社見学会」とは名ばかりで、事実上の一次試験が行われる、という。(当時でいう「青田刈り」のようなもの)したがって、自己紹介を3分以内で考えておくように、ということだった。

 ここで私ははっきりしなければならなかった。

 つまり、本当にスチュワーデスになりたいのかどうか、の意思表示をしなければならない。これからは興味本位ではことは進めないのだから。

 もし、スチュワーデスになれたらそれは巷で言われているように「海外を飛び回り」「いろいろな人たちに出会い」「普通の人ではできないような経験ができる」・・・。
しかし、その一方で、落ちてしまったらどのような方向転換ができるのか。採用試験の内容は、普通の会社のそれとはかなり異なるうえに、第四次試験まである。となると、結果がでるまでに時間がかかる。もし、三次試験まで受かって最後に落ちてしまったら、他の会社はまだ試験をやっているだろうか・・・。

 進学の際に志望校を決めるとはわけが違う。

 このとき、生まれて初めて自分が「どう生きていくのか」を考えることになった。

 自分自身「何になりたいか」という夢を具体的に持ち続けてきたわけではない。
夢がないわけではなかったが、
「それになったからって何?女性のやるようなことじゃないし、食べていけるのか」
という無情な「大人」のご意見にもろくも崩れ去ってしまうほどのものだった。 

 夢とまでは行かないが、実は、霊長類の行動、もしくはその言語能力について勉強したかった時期があった。

 きっかけは単純なものだった。
それは、「乱読」の時期に霊長類の行動学に関する本を読んだことから始まる。
内容は集団生活をするサルの行動を追いながら、その絆を紹介したものだった。
その本に出合ったとき、いわゆる反抗期だった私は妙にその野性の絆に感動してしまい、やたらと「サル」「霊長類」と名のつく本(自分が読みこなせそうなものを探して)を読みあさった。

 おそらく誰しも一度は陥る「大人なんて・・・」という思いがそういう行動に走らせたのかもしれない。そうこうしているうちに、時に人間より人間らしい「情」や「絆」を見せる彼らへの関心は少しづつ深まっていった。

 とはいうものの、いろいろと調べているうちに、日本にはその分野の学問の研究はあまり盛んではなく、むしろ、海外の大学にあることがわかった。しかし、「外国はこわいところ」という神話のなかで育った私は、留学したいなどと切り出せるはずもなかった。そして、先程の言葉である。

 何故かこういうときの「大人」の言葉というものは、妙に納得させられてしまうものなのだ。それに、生真面目な長女としてはその言葉を押してまで突き進むほどの情熱はなかった。

「夢だけでは生きていけない」

そんな現実を常にインプットされた環境では情熱も何も湧いてくるはずもなかった。

 だから、高校受験の時は「良い大学への進学率の多いところ」を志望したし、大学を受けるときも、結果的には「就職率」のよいところ、といった具合に親の勧めもあり、短大に進学したわけである。

 思い返してみると、常に自分がどうしたいかということはあまり考えていなかったようだ。頭の中で様々なシュミレーションをして、いつも波風が立たないようにすることがベストの状態のような気がしていた。

 

 さて、話しを戻そう。

「スチュワーデスになりたいのかどうか」

 もしなれたとして、そのメリットはいくつも思い浮んだ。では、デメリットは?
考えてみれば私自身、飛行機に乗ったのは小学生のとき。しかも国内線であった。
その時のことはあまり覚えていないし、子どもの時の印象はあてにはならない。
つまり、スチュワーデスそのものの職業を全く知らないのと同じだった。
それだけに、何だかいいことずくめのような気すらしてくる。

 例えばOLになったとして、一体どれだけの人たちと出会えるだろうか。それに、悲しいかな、長女に生まれた私としては「人から頼られる」と俄然頑張ってしまう気質があった。頼るより頼られたい(恋愛ではちょっと違う気がするが)。スチュワーデスは機内ではいわば「頼られる」立場にある。普通のOLでは考えにくいことだ。そう考えると自分に向いている職業なのかもしれない。

 それに、先に説明を受けたコンピューター会社の方の雰囲気には、ほとほといやになっていた私にとって、「居心地がよさそうな職場かどうか」ということは大変重要な問題だった。少なくともあの説明会の雰囲気はいやではなかった。むしろ、ああいった雰囲気の中でこんどは「よいサービスをする」という目標に向かって一緒に仕事が出来たら、こんな素敵なことはないだろう。机に向かっうよりも、なんだか楽しそうな仕事だ。

 そして、考えた末、だめもとで受験することにした。
一生に一度の経験だし、入社できればそれは幸運なこと。とりあえずやってみよう。
小さいころからの夢としてスチュワーデスを希望している方には申し訳なかったのだけれど、
「一緒に試験を受ける人たちの感じがよかったから」
ということがこの受験の最終的な動機となったような気がする。 

 こうして私は「スチュワーデス志願者」となるべく、3分間以内で自己紹介ができるように原稿を考え始めた。

 

スチュワーデスへの道 〜 自己紹介

 

エッセイのメニューに戻る