◆ スチュワーデスへの道 〜 会社訪問解禁

10月1日「会社訪問解禁」である。
つまり、各企業の採用試験が正式に開始される日を俗にこう呼んでいた。
(まだこの頃は「就職協定」なるものが存在していた)

その日は、リクルートスーツで羽田に向かう。
集まった受験者たちは、「リクルートスーツ」といってもその色からして様々だった。普通、会社訪問をする人たちがテレビに映る時、みんな同じような格好をしていることがほとんどだ。色は紺、グレイ、そしてあったとしても黒。着ているシャツ(もしくはブラウス)は白、とまるで制服でも着ているかのように「目立たない」服装だ。

しかし、スチュワーデスの試験ともなると少し違っている。まずは第一印象から、ということで、なかなか気張っている人が多い。一日に何千人もの人間が面接にくる事を考えると、単に面接官に印象づけるために、視覚から入ってくるもの、つまり「服装」を目立ったものにするのはかなり効果があるとは思う。(「水玉の子」しかり、である)私が最も印象に残っているのは、真っ白なスーツを着た受験生だった。まさに上から下まで真っ白で、スカートもフレアー。そのまま結婚式の披露宴に出席してもよさそうな格好である。
しかし、着ているもので「浮いた印象」を与えたとき、それをいい意味で覆せるような技を持ち合わせていなかったので、当日の私は典型的な紺のリクルートスーツを着ていた。

実質的には二次試験の半分まで受かっているとはいうものの、前回と同様の面接を受けることに変わりはない。つまり、落される口実となりうることはいくらだってある、ということになる。そのうえ、その面接の「自己紹介」も時間は一分ほどに短縮されていた。

相変わらずの緊張感の中、無事に面接は終わった。果たしてどれだけの人たちが次の試験に駒を進めることができるのだろうか?

そして、ついに二次試験。面接で英語がある。
まず日本語での面接。三人の面接官に対して四人(もしくは五人だったかもしれない)の受験生が席についた。幸いなことに、国立大学出身という学生以外はすべて私と同じ大学出身者だった。そのおかげで大した緊張することもなく、試験官の質問にも答えることができた。そして、話さなければならない内容はやはり部活に関連した事柄だったので、私としては本当にラッキーだった。

面接が終わってからほかの部屋から出てきた同じ大学の受験生から話を聞くと、面接官によって質問内容がちがっていることがわかった。たとえば、
「うちの会社が乗り入れているヨーロッパの路線は?」
「うちの会社の株はいくらですか?」
「お料理が好きということですが、何が一番得意ですか?その料理の手順をいってください。」
など。勉強以外にも、その人が日常をどのように過ごしているのか、ということをベースに質問されたらしい。

次は英語の面接。
日本人試験官、外人試験官各一人ずつと面接をする。もちろん受験生ひとりずつ部屋には入って試験が行われるのだが、廊下で待機している私たちは気が気ではない。待ち時間の緊張を紛らわそうとするためか、英語の辞書や問題集などを持っている受験生もいた。そして、面接が終わって出てくる度に
「どうだった?どんなこと聞かれた?」
とそれはもう大変。いつのまにかそこにいるのはライバルでも何でもなく、単に「仲間」といった雰囲気が出来上がってしまっていた。だから、
「次の方・・・」
と呼ばれると隣に座っている受験生はすかさず、でも嫌みではなく、
「がんばってね!」
とエールをおくる。

ついに私の番がきた。
ノックをして入ると、むかって左側に日本人試験官、右側に割腹がよく、眼鏡をかけ、髭をたくわえた外国人試験官が座っていた。日本人試験官がいくつか質問をし、私が答えた後、外国人試験官が質問をはじめた。その容姿からもかなりの圧迫感なのに、その声を聞いてますます私は緊張してしまった。変なことをいったら食べられてしまうのではないか、というほどにプレッシャーをかけられていた。そういったわけで、質問はほとんど覚えていない。
唯一覚えているのは最後の質問で、
「スチュワーデスという職業をどう思うか」
というようなことを聞かれた。私はとっさに、
「母親のようなものだと思います」
と答えていた。
「なぜそう思うのか」
と聞かれたので、
「お客様のお世話をする内容が母親の役割と似ていると思います。」
と答えてから例をあげた。
例えば、飛行機の客室を「家」とするのならば、お客様をもてなすためのお食事や、快適に過ごすために必要なことをいつも考えていること。ほかにも、子どもの面倒を見たり、なにか特別な助けを必要とする人にも快適に時を過ごしてもらうために気を配ることなどをあげた。
外国人試験官は、眼鏡の奥からちょっといじわるそうな目つきで、
「はい、結構です。ありがとうございました。」
というと、手元の紙にコメントを書き始めた。
部屋から出てドアを閉めると、それまでの緊張感が途切れた。と同時に、
「どんなこと聞かれた?」
と質問ぜめにあった。

こうしてどうにか二次試験は終わった。
その結果はこの面接を通過した者のみに電話が入るということだった。

しかし、この「二次試験を通過した者だけに電話がくる」という知らせ方は受験者たちををナーバスにさせた。帰宅するたび、「連絡あった?」と何回聞いたことか。企業によっては、この頃には内定を出しているところもあった。知り合いで内定者がでたのを聞いても、「おめでとう」と気持ち良く言うことができない。大学受験の結果を待っている高校生そのものの精神状態だった。

そんなふうに神経質な毎日を送っていたある日のことである。
何かの行事の関連で短大の2年生全体が体育館に集まったことがあった。
その休憩時間に行ったトイレでのこと。女性ばかりなのでとても混んでいたのだが、なにか鋭い視線を感じたので、その方向を見た。するとその主は、入学式をきっかけに知りあいになった学生だった。クラスは違ったけれども、彼女も私同様、スチュワーデスを志願しており、試験も受けていた。
(彼女は背が高く、目のぱっちりとした、取り立てて美人というわけではないが、話しかけやすい雰囲気をもった子だった。だから、彼女がスチュワーデスになったとしても、誰も違和感は抱かないと思う。)
視線がぶつかったので、こちらから声をかけようとした瞬間だった。
「私がスチュワーデスになれないと思っているんでしょ!」
と私の方に突進してきた。私は何のことだかさっぱりわからない。
「私が試験に受かりっこない、って言ってたって聞いたんだから!」
これが「言いがかり」というものか?半ばヒステリー状態。
「そんなこと言うわけ・・・」
私が言いかけたところで、全く聞こうとしない。「取りつく島がない」とは正にこのこと。身に覚えの無いことなので、さすがに私も頭に来たが、相手が聞く耳を持たないのでしかたがない。しまいには「絶交だ」というような捨てぜりふを残して立ち去ってしまった。
その状況にいあわせた友達がさすがにびっくりして、
「なに?今のひと??」
といったほどだった。
自分が言ってもいないこと(この場合は考えもしなかったこと)を一方的にいわれるという状況を経験したのは初めてだったので、かなり驚いた。しかし、言っていないものは言っていないのである。本当に親しい友達ならば、何としてでもその誤解をといて仲直りをすべく努力するのだが、絶交を言い渡されるほど私は彼女と親しくはない。なんだか傷つくほうが馬鹿らしいし、これ以上不愉快になるのはいやだったので、彼女と関わるのはやめにした。

とはいうものの、この「誤解」は解けていない。ましてや、誰がそんなでたらめを彼女に吹き込んだのかも今となってはわからないままである。

もしかしたら、彼女がそんな精神状態に陥ったのも「二次試験を通過した者だけに電話がくる」という知らせ方にあったのかもしれない。
考えてみて欲しい。
「もしかしたら・・・?」
と毎回思いながら電話のベルに飛び上がる日々を。自分に連絡はこないのに、まわりの友達が次々と内定通知を受け取っていたら?精神的にかなり辛い日々になるはずである。実際、試験に落ちてしまった友達と話すときはこちらもかなり気を使ったし、相手もしんどかったと思う。途中まで一緒に頑張ってきた仲間なのだから。

数日後、私の自宅に二次試験通過の電話連絡が来た。その知らせを母から聞いた瞬間、私はほっとしてその場に座り込んでしまった。英語の面接に自信がなかっただけに本当に嬉しかった。

さて、彼女は、というとその一件以来顔を合わせていない。何処かの企業に就職は決まったらしいのだが。

 

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