|
◆ タクシー・ドライバー
以前、「ナイト・オン・ザ・プラネット(原題:Night on
Earth)」という映画があった。ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキ、の5大都市で同時刻に起こるタクシー・ドライバーにまつわるエピソードが淡々と綴られているオムニバス映画。
国こそ違うものの、
「何だかありそうな話・・・かも」
と思わず苦笑してしまうのは、話がタクシーの中という想像しやすい場所で展開されているからなのかもしれない。
この映画ではみんな「気軽に」タクシーを利用するけれど、現実にはなかなかそうもいかない。
例えば私の住んでいる都内でタクシーに乗ってしまうと、利用する時間帯によっては渋滞に巻き込まれる可能性があるので、「定時到着」というわけにはいかない。しかもバスや電車などと違って、目的地までの値段がはっきりわからない。基本料金からして、私には贅沢な乗り物の一つになってしまっている。
たとえ利用するとしても、
「荷物が多くてバスや電車に乗るのは大変なとき」
「バスや電車などが動いていない時間帯に移動しなければならないとき」
などの理由がある場合に限られる。ただし、後者の場合は、
「割増料金」
のときに乗ることになるので、お財布の中身と料金のメーターとを見比べながらヒヤヒヤすることもしばしば。たまにお財布に余裕があったところで、精算の時に、
「え!?おつりぃ??」
などと言われて冷たくあしらわれることを思うと、小心者としては気分的にも、
「乗せていただく」
という気持ちにならざるをえない。そこまでして乗らなければならない状況が整わないと、乗ろうなどという気は起こらない。少なくとも私にとって、タクシーに乗ることは勇気のいることの一つになってしまっている。
とはいうものの、さすがに現役時代は通勤時に、先ほど挙げた二つの理由から、タクシーの利用を許可されていたこともあって、タクシーに乗ることが多かった。それは、
「仕事に行く=タクシーに乗る」
くらいの利用頻度。つまり、沢山の運転手さんにお世話になったことになる。当時は特に接客業を現役でやっていたこと、そして何より車内では運転手さんと自分しかいないのだから、ちょっとしたことでも気になってしまう。
例えば、「車内のにおい」。
車用の芳香剤などの匂いがすると気を遣っているなあ、と思いつつ、悪い気はしない。だいたいこんな運転手さんは喫煙家であることが多いようなのだけれど、私は嫌煙家なので、そのような気遣いをしてくれていると非常に助かる。渋滞に巻き込まれたときに車内で煙草を吸わないまでも、その煙のニオイのしみついた空間にいるだけで気分が悪くなってしまうことを思えば、こうした気遣いは有り難い。
次に、「車内の音」。
海外から帰ってきたときは日本のニュースが気になる。
「すみません、ラジオをつけてもらえませんか?ニュースが聞きたいので」
そんなふうにこちらから気軽にお願いできる雰囲気の運転手さんだと何となく安心する。たまに運転手さんとの会話で自分が不在だった日本の出来事を教えてもらったりもできたので、時差ボケならぬ話題ボケの調節を帰りのタクシーで調節することもできた。
最後に「運転のしかた」
譲るべきところは譲る、そんな余裕のある運転手さんだと、乗っていて妙なスリルを味わうことがないので安全、かつ安心だ。
でも、一度だけ失敗したのは、教習所に通っているときに運転について質問したときのこと。何せ相手はプロである。
「そうだなあ、例えば今みたいなときは・・・」
よっぽど話し好きだったのか、家に着くまでのおよそ1時間、ずっとドライバーとしての心得とテクニックを聞かされるはめになった。ためにはなったけれど、とても疲れたのを覚えている。
思い起こしてみると、私のタクシー乗車歴の中で、たった一度だけ最悪(これはあくまでも私にとって、だけれど)な運転手さんに遭遇してしまったことがある。
それは、早朝成田着の便を乗務し終わって、リムジンで箱崎まで行き、そこからタクシーに乗ったときのことだった。
タクシー乗り場の列に並んで目の前に止まったタクシーのドアが開いて乗り込んだ瞬間、車内の煙草の匂いで思わずむせかえった。
「これはもしかしてとんでもないことになるのでは?」
と私はこれだけでもいやな予感がしていたけれど、ドアを閉め私の行き先を聞いた途端、ド演歌のテープをものすごい音量でかけ始めたのには驚いた。その運転手さんは年齢的にかなり上の方だったせいなのか、もしかしたら耳が遠かったのかもしれない。ちなみに髪は白髪でバーコード気味。(これだけで年齢のことを決めつけるのは少し強引という気もするけれど)
「すみません、音を小さくしてもらえませんか?」
こういう人に限ってこんな言葉すら発することができない雰囲気を持っている。そして私はそれを敏感に感じてしまう性質。
その上こちらはなんといってもこの運転手さんに、
「命を預けている」
わけだから、せめて気分良く、しかも安全運転で無事に家までついてくれなくては困る。命を人質(?)にとられているからこちらも気を遣わざるをえない。
恐らくこの手の人は私のような小心者を感じ取る能力を持っているのだろう。車内にはむなしくド演歌が響き渡る。これが同じ音量でもクラッシックだったらこちらの気分も少し違うのだけれど。
変に緊張した雰囲気に包まれていてすぐには気づかなかったものの、この運転手さんはとても運転が荒かった。まずブレーキが、「キキッ(ブレーキをかけたかと思うと)、・・・ガックン(身体が前後に揺れる)」
という車酔いを誘う止まり方なのだ。その上、
「ったく!」
「早く行けっーの!」
演歌の曲の間からそんな声が聞こえる。ふつう自分が気に入った曲をかけているのなら、もっと気分良く運転してくれてもいいようなものなのだけれど。
「とにかく無事に家まで走ってください;;」
そう祈りつつ、私は耳栓を持っていることを思い出した。私の最大の防衛策はこれしか見つからなかった。でも耳栓をしたところで、かすかに演歌のこぶしは聞こえてくる・・・。
こういうときに限って渋滞に巻き込まれ、約1時間30分もこの状態で耐えるしかなかった。ようやく家についてドアが開くと、静かなご近所一帯にド演歌が響き渡った。・・・ああ恥ずかしい;;
さすがにこれには参ってしまった。
「二度とこの運転手さんにあたりませんように」
小さくなっていくタクシーを見送りながら思わず私は祈ってしまった。
それでもこちらから運転手を選べないのは、きっと飛行機に乗ったときにお客様がクルーを選べないのと同じなのだろう。
それにしても・・・それにしても、もうちょっとどうにかなりませんか;;
かと思えばある日、仕事に向かうときに乗ったタクシーの運転手さんは感じが良かった。行き先を聞いてから、
「一番始めのお客様が女性だといいんですよ。ついてるなあ」
わざとらしくないその言い方にこちらも悪い気はしない。むしろ気分良がよかった。出社した後の仕事も何だかスムーズにいったような覚えがある。まあ、単純といえば単純なことだけれど、人の気持ちなんてこんなものではないかしら、と私は思う。
「一期一会」
にもいろいろあるけれど、
「できれば是非また何かの機会でお会いしたい」
相手をそんな気持ちにさせるような出会いをしたいし、接客という仕事の原点はそこにあるのではないか、などと思ってしまうのだった。
|