◆ お客様編 〜 謎の電話

私たちが仕事を終えて、空港から滞在先への移動中に話題となりやすいのは、やはりお客様の話だと思う。それイコールその日の仕事の反省だったりもするのだけれど。そして、たまに芸能人などがお客様の中にいると、その人の批評会めいたものになることもしばしば。

例えば、
「テレビで見ているのと違って感じが悪いわね」
この手の評判はあっという間にクルーの間に知れ渡る。いくらプライベートとは言え、場違いな態度をとる人達をだいたい私たちは「噂」として把握している。ただでさえ噂好きの女性の割合が多いこの職場は総勢5000名近くからなるわけで、いいこと悪いこと、あっというまに広がってしまう。これは、芸能人ではなくとも固定路線のリピーターのお客様もしかり、である。
「○○路線をご利用の○○様」
という様に、私たちはそのお客様を知るところとなる。

東京からの便では当たり前のように銀座の有名なお店のケーキを乗務員分持ってきてくださる方。飛行機に乗ってくるなり乗務員をカメラに収めるマニアの方(この方は律義にも後日撮影したクルーへその写真をメールしてくださる)。その他にもいろいろなお得意様がいらっしゃる。

勿論その中には「すぐクレームをつける」ということで名前が通っている方もいらっしゃるわけだけれど、必ず私たちの会社の飛行機に乗ってくださるということは、何だかんだいって結局はファンなのではないかなと、いいほうに受け取ることにしている。

さて、そんなお客様の中で、今回はそのクレームの話から発展した、実際に私の身にふりかかった話(ちょっと大げさか)をしたいと思う。

国内線に乗務していたある日、大阪からの最終便で、東京へ着いてその乗務パターンは終わる、という最後の便でのことだった。

大阪線は当時ジュースをサービスすることになっており、眠っていらっしゃる方には「お目覚めカード」(「お目覚めの際にご希望であればお飲み物をお持ちします」という内容のコメントが書いてある)なるものを、その方の目に付きやすい所に貼って対処していた。最終便ということもあってか、その日も満席で、比較的お休みになっていらっしゃる方が多かった。私の座っていたジャンプシートの前の席にいらした方もお休みになっていたのだけれど、自分の目の前にいらっしゃる方に「お目覚めカード」を貼る必要もないと思い、お目覚めになった時点でこちらから声をおかけすることにした。

サービスが終わってエプロンを着替えた時点でそのお客様が起きていらしたので、
「お飲み物はいかがですか」
とお声をかけて、ジュースとおしぼりをお持ちした。
「ああ、ありがとう。てっきり忘れられていたのかと思ったよ」
そう答えたお客さまは30代後半の男性で、スーツをきていらっしゃるものの、ビジネスマンという雰囲気ではなかった。

「いやね、この間の海外出張で乗った飛行機で腐ったミールを出されてねえ」
私たちの会社の飛行機で東南アジア方面にいらしたときの出来事らしい。でも、話を聞くかぎりではそれは「ミールが腐っていた」というより、たまたまそのお客様の好まない匂いのキツイ香辛か何かがそのミールのなかに入っていたような感じだった。
「パーサーにクレームつけたんだけれど、らちが明かなくてさ。まったくまいったよ」
そんな事を聞いてしまったら同じ会社の人間として謝らないわけにはいかない。
「それは申し訳ございませんでした・・・」
といって多少いいわけめいたことを付け加えた。
「いや、別に君が悪いわけではないんだから」
といって何となく話は終わり、飛行機からお降りになるときも、
「ありがとう」
といってむしろ「感じの良いお客様」くらいで、私としても、何事もなくててよかった、としか思っていなかった。この便でこのパターンの仕事が終わり、翌日からお休みだったし、私にしてみたら貴重なお休みをどう過ごすかのほうで頭が一杯だった。

通常、この手の話はここで終わるはずなのだが、このときはそうはいかなかった。

それから約一週間後の土曜日の午後、電話が鳴った。まず母が受話器をとった。
「電話よ、○○さんていう男の人・・・」
○○さん?同じ名字の女性の友達ならいるけれど、と思いながら電話口に出た。
「お電話かわりました・・・・」

「あの、私先日大阪の最終便でジャンプシートの前に座った○○と申します」
ああ、あの「腐ったミールを出された」といっていたお客様だ。でも、どうして実家の電話番号がわかったのだろう?ネームバッジを付けていたので私の名前くらいはわかったでしょうけれど。通常、自分から教えないかぎりは自宅の連絡先など会社は教えないことになっている。もしかしたら大得意様で、何かツテがあったのかも。

「ああ、覚えています。その節は失礼いたしました」
相手には制服を着たスチュワーデス姿の私しか頭にないのだろう。何と言っても相手はお客様である。こういう立場は最初から弱みにつけ込まれているような気がした。
「実は私は医者でして・・・」
とすぐに自己紹介めいたものが始まった。クルーといえば「医者」「弁護士」「青年実業家」「芸能人」などとひけらかせば満足するかのようなその口ぶりは、機内でお話した印象をがらりと変えてしまうものだった。

「この間見合いをすすめられましてね。ほら、○○って女優がいるでしょう、あの人なんですけどね。それにしてもひどかった・・・」
こちらは何も聞いていないのに、いかに自分が社会的にステータスのある人間かを一生懸命に力説していた。ここまでくるとこちらも不愉快の度合いを通り越してシラケてくる。時計を見ると30分以上経っていた。

「ところで、スポーツは何をするんですか?」
「いいえ、特にしませんけれど。」
「でも、少し運動はしたほうがいいですよ」
大きなお世話である。
「休みの日はどうしているんですか」
「食べ物の好き嫌いはないですか」
なんだか聞かれる項目がお見合いの席のようになってきた。そんなことを言われても私はいい加減受話器を置きたくて仕方がなくなっていた。今日は一日しかない大事な休日である。とはいうものの、かかってきた電話はこちらから切るわけにはいかない。その上、この方はお客様だし。

「今度のお休みにお食事でも行きませんか」
電話がかかってきてから40分くらい経ったところで、ようやく相手の用件が出てきた。もちろん、私は丁重にお断りした。
「申し訳ございませんが、このところスタンバイ続きなもので、お約束はできませんし、私もいろいろ用事が立て込んでおりまして・・・」
おそらく何か美味しいものをご馳走してくださるつもりなのだろうけれど、またステイタスをひけらかすような自慢話をされたのではたまらないし、こちらはそんなに暇ではないのだ。

後日、この一件を私の友達に話すと、
「お医者様の知合いなんていいじゃない、もったいないいわね」
と言って呆れられたけれど、少しお話をすればだいたい自分と話があるかどうかはわかるもの。それを押してまで会社の看板を背負うことはないだろう。それに、
「この間機内で知りあったスチュワーデスなんだけどね・・・」
なんて言うふうに吹聴されてはたまったものではない。

「花形職業」といわれて久しいけれど、制服を脱いでからもその会社の看板を背負いながら人と接するのはかなり負担になる。考え過ぎ、といわれてもしかたないのかもしれない。しかし、人から見られる職業だけにそのイメージは大切にしたい反面、「自分」という人間の所在が制服に隠れて、だんだんあいまいになっていくのに何となく不安を覚えてしまうのだった。

 

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