◆ 客室訓練(国内線) 〜 初めての英語の授業

「Good morning,Ladies!」
英語の授業にドアを開けて教室に入ってきた男性は、眼鏡をかけ、髭をたくわえたちょっと太めの外国人。

あ、この教官・・・。
「皆さんには以前お会いしていますね。お元気でしたか?」
この威圧感のある太い声。そう、あの英語の面接官だった。
「今日は初めての英語の授業ですね。それではさっそく始めましょう・・・」

英語教官には日本人もいて、その授業ごとにいろいろな先生が入れ替わり立ち替わり私たちの授業を受け持ってくれた。いずれも原則的に授業中は日本語厳禁。授業そのものはテキストに添って進められた。

内容はいわゆる「機内英語」。お客様が搭乗して降機するまでの流れと緊急事態が起きたときに必要となる英語をたたき込まれる。そのほかに機内アナウンスでも英語を使うので、いくら国内線乗務とはいえ気は抜けない。つまり、国際線ほど英語を使う機会がないとは言っても、お客様に外国人の方がいらっしゃる確率があるかぎり英語はついて回る、ということになる。そして、毎週月曜日はテスト。

「もう少し真面目に英語をやっておけば楽だったんだろうなあ・・・」
この手のぼやきは、いつになっても変わらない。とにかくここまで来たら与えられた課題をしっかりと身に付けておくことが、今後の不安を和らげることになるはず。

とはいっても、実践は二の次というような受験英語を勉強してきた私たちに大きく立ちふさがったのは、やはり「発音」だった。

一般に発音、聴き取り共に弱いとされるのが「R」。
でも、これにこだわり過ぎてていると、「L」もつい「R」のように発音してしまったりするので厄介だ。

でも、私たちの予想に反して、実際に訓練所の授業でそれ以上に指摘された発音があった。

それは「M」と「N」。
正確に言えば、単語の語尾に「M」と「N」がついた単語の発音、ということになる。授業を受けている私たちは、まさかそこを指摘されるとは思いもよらなかったに違いない。(少なくとも私は意外だった。)

始めの授業から、
「Good morning,sir.」
と言うときは、誰も先生から注意されることはないのに、
「Good morning,ma'am.」
というと、
「No!」
とみんな片っ端から注意される。

「私が発音するから口元をよく見て!」
二十人が一斉にその口元を見るけれど、よくわからなくて首をかしげる。ただでさえその教官の口元は髭で覆われているし。

「それでは、これを発音してみて・・・」
と先生が黒板に書いたのは「gentlemen」という単語だった。あてられた何人かの同期が発音してみる。
「ジェントルメン」
「ジェントルメーン」
「ジェントルメン?」
「声のトーンを変えればいいってもんじゃありません」
教官は半ばあきれたように苦笑しながら言った。

さて、なぜここで、『ma'am.』と『gentlemen』が取り上げられるのかと疑問に思う方もいらっしゃるだろう。
『ma'am.』そのものは、英語で接客をする際にお客様に呼びかける言葉、と考えていただければいいと思う。つまり、お客様が女性なら、『ma'am』と呼びかけ、男性の場合は、『sir』となる。

ある英語教官から、
「頻繁に使われる単語を正確に発音できないのは、会社としての信用に関わると言っても過言ではない」
と言われたことがある。要するに、変な発音をしていると、お客様自体が、
「こんな変な英語を話す人にサービスを受けて大丈夫??」
と不安を与えてしまう、という。

また『gentleman』も、
「Ladies and Gentlemen・・・」
の英語での機内アナウンスには必ず登場する単語。機内に流れるアナウンスは会社の顔ともいえるものなので、こちらも同様のことが言える。

これは蛇足になるけれど、通常のアナウンスで
「Attention please・・・」
を使うことはまずない。恐らく昔の「アテンション・プリーズ」というスチュワーデス訓練生をモデルにしたテレビドラマの影響、あるいは空港内で流れているアナウンスのそれと混同してしまっていると考えられる。

さて、恐らくきちんとした発音が出来ないと言うことは、こんな状況に近いのではないだろうか。
制服を着て、見た目はいかにも「スチュワーデス」と言った感じでも、実際サービスが始まって口を開いてみると、
「飲み物、何がいい?国内線だから、アルコールはないんだけどさあ・・」
などとタメ口で話されたり、きちんとした日本語(この場合、尊敬語、謙譲語)が話せなかったりすれば、
「大丈夫かなあ・・・」
と不安に思うのは当たり前のことだろう。少なくとも私だったら、クレームの一言も書きたくなってしまう。
「いったい貴社はどのような教育をしていらっしゃるのですか?」
と。

とにかく、あくまでも制服を着てサービスにあたる私たちの言葉は、「個人」のものではなく、「会社の人間」としてのものになってしまう。この英語の授業をきっかけに、そんなことを私たちは少しずつ意識していくことになる。

さて、授業に戻ろう。

「『ma'am』と『man』の発音は違うんですよ、私の口元をよ〜くみて。交互に発音するから」
髭の間から見え隠れする口元をよ〜く観察してみる。
「わかりましたか?」

ああ、なるほど。
つまり「m」で終わっている『ma'am』は言い終わったあとに口が閉じているのに対して、「n」で終わっている『man』は口が開いている。
「では、発音してみましょう・・・」
意識して口を閉じたり開いたりするものだから、恐らく教官から私たちを見たら、何とも奇妙は顔をしていたに違いない。

訓練所からの帰り、何人かの同期とその英語の授業の事を話しながら、誰からともなくふともらした一言。
「単に英語を話せるのと、サービスとして英語を話すっていうのは違うのね。」

ささやかながらプロとしての自覚が芽生えた時だったのかもしれない。

英語の授業の初日から、今までの学生の頃の授業とは違った角度で指導をされたことは、少なからず「学生とは違う」と言う意識を私たちは持たざるをえなかった。そしてその意識は、英語だけに限らず、他の授業を受けていくことで、これからますます強まっていくのだった。

 

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