◆ 客室訓練(国内線) 〜 条件反射

訓練所の授業の中には、いわゆる「体育」に当たるものが週に何度かあった。さすがに水泳はないけれど、その時間内に必ず行われるのが「十分間走」。文字通り、ただひたすら十分間走り続ける。

これはだいたい授業の一番最後に行われた。
ペースはどうでもいい。結果的に決められた時間内ずっと走っていればよい。
とはいうものの、ただでさえ、「競争心」の強い私たち。表面では文句を言いながらも、号令がかかれば、勢いよく走り出す。ただ、中には「我が道を行く」というマイペースな人もいるので、実際は大きく二つに分かれるのかもしれない。

なぜ「競争心が強い」と断言できるのか。
それは、決定的な事があったわけではないけれど、日々の訓練でほんの些細なことから感じられることが多々あったから。さすがにみんな子供ではないので、その競争心は表に出るということはない。何かの拍子にふと垣間見られる、というくらいなのだけれど。(いずれこの話題については書くことになると思う)

さて、その「十分間走」。
ただ、学校の授業と違うのは、バックミュージックが流れること。
前年度に入社した先輩達のそれは、「フラッシュ・ダンス」のサントラだったとか。それに対して私たちの音楽は「トップ・ガン」。映画館ですでに見ていた私は、その音楽を聞くだけで映画の場面が思い浮かぶくらいだった。

あの映画で一躍トップ・スターになったトム・クルーズ。(格好良かったなあ)
舞台がアメリカ海軍の航空部隊とあって、女性には無縁のところ、ましてその内部の様子など全く想像も及ばないところだった。命を懸けて戦闘機に乗り込む彼らはまさに輝いて見えた。そして、彼らの訓練の様子を見ながら、自分が訓練に入った時のことを想像したりした。(ちなみに私は千歳での地上研修中、札幌市内でこの映画を観たのだった)

しかし、私のようにミーハー的な見方をすると、
「航空部隊=トム・クルーズのような人達のいるところ」
という単純図式が出来上がってしまいかねない。それはきっと、昔(それもかなり昔〕の「白い滑走路」というテレビドラマを見て、
「きっとパイロットって田宮次郎みたいな人ばかりなのだわ!」
と思ってしまうのと同じ事なのだろう。

とはいうものの、例えばそういう人とお近づきになりたいと思ったところで、トム・クルーズはアメリカ人。英語ができなくては話にならない。人によってはこういうことがきっかけで英語をマスターする場合もあるのだろうけれど、あいにくと私はそこまではのめりこんでいなかった。夢見るところと現実はしっかり一線を引いていた。(人によってはこれは可愛げがない、と受け取る人もいるかもしれない(笑))

走ることはもともと嫌いではなかったので(小学校四年〜六年まで毎朝学校で走らされていたからかもしれない)、この「十分間走」は私にとって苦痛ではなかった。ただ、もともと血液循環がいいほうではなかったので、走り終わると本人の気持良さとは裏腹に、
「大丈夫?気分が悪いの?」
などと言われて困ったものだった。(そんな私を見て、心優しい友だちは医務室へ付き添うつもりでいてくれるのだけれど、無論、私は行くはずもはなかった)

「よーい、ハイッ!」
そんな掛け声とともに私たちは訓練所にある体育館の中を走り始める。四百メートル位のトラックを走るのならいいのだけれど、何しろバレーボールのコートの一回り大きなところを中心にして走るので、あまり調子に乗っていると目が回ってくる。

始めはハイペース。いわゆる、走っていて「苦しい」と感じる「死点」(「保健体育」の授業で確かこういう表現をしていたように思うのだけれど)を早く迎えるようにする。それを過ぎてしまえば、気持ち良く走れるから。そして、最後は頃合いのいいところでスパートかけ始める、というのが私の中距離の走り方だった。

とはいうものの、問題はバックミュージック。
自分ではそろそろペースを落とそうかな、と思うと、ケニー・ロギンスの曲がかかってしまう。ペースは落ちるどころか逆に上ったりするので困ったものである。何故なら、その曲は、映画の中で航空母艦から次々と戦闘機が空に舞い上がっていく場面に使われていたから。そして、それを思い浮かべてしまうと、嫌でもその飛び立つ戦闘機の中の一機に乗り込んでいるような気分にならざるをえない。つまり、ペースが落ちる事は、戦闘機の失速を意味するような気がしてしまうだった。
それにこの曲がかかると、一部のマイペースな人たちは除いて、みんなペースが上るので、まんざらこのような気持になるのは私だけではないらしい。

「はい、ペース落して・・・」
急に走るのをやめるとよくないので、教官の指示で徐々にペースを落としていき、最後には歩くように指示される。そして最後に整理体操。

「次(の授業)、何だったっけ?」
「ファースト・エイド、かな?」
「もう少しゆっくり走ればよかった::」
いくら体力のある人でも、目一杯走った後の座学は眠くなるもの。学校の授業とは違ってお休みタイム、というわけにはいかない。
「悪いんだけれど、もし私が船漕いでいたら起してくれない?」
隣の席の同期に頼むこともしばしば。

そして、訓練所の帰り道。
街中で「トップ・ガン」のサントラがかかっていたりすると、思わず走りたくなってしまう。いわゆる条件反射か。
そのことを同期に話すと、
「そうなのよね・・・;;」
やはりケニー・ロギンスあたりを耳にしてしまうと、特に走らなくてはならない衝動に駆られるらしい。

「でも、『トップ・ガン』でよかったよね。変な映画のサントラじゃなくて」
そんなことを言いながら、「トップ・ガン」のサントラに入っている曲を耳にすると、何故か足早にその場を離れる私たちだった。

 

 

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