◆ 客室訓練(国内線) 〜 メイクアップ

制服を着て訓練を受けるようになってから間もなく、メイクアップの授業があった。内容は実際に制服に好ましいメイクを化粧品会社から招いた講師に指導してもらう、というもの。

この日はまさにメイクアップの授業でしか使われない教室に集合し、午前中のほとんどがその授業に費やされた。教室の壁には鏡が設置されているので心なしか部屋そのものが広く、明るく感じる。メイクアップに必要と思われる道具はずらりと鏡の前に揃っていて、まるでこれから舞台に出ていくためのメイクアップをする控室のような教室だった。

講師の女性は化粧品会社から招いただけに、化粧品を上手に使いこなしていて、
「この人の言うことを聞いていれば、自分もそれなりに綺麗になれるのではないかしら」
と思わせる雰囲気をもちあわせていた。

「よろしくお願いします」
いつものように、きちんと挨拶をしてから授業が始まるり、基礎化粧品の使い方からメイクアップ、そして仕事中のお化粧の直し方などを実際に指導される。

よくデパートの化粧品売り場で売り子さんがお客様に実際にメイクを施している様子を見るけれど、正にあの状態をイメージしていただければいいと思う。唯一違うのは指導された通りに「自分自身で」やらなければならないことだった。

女性に生まれたからには、やはりお化粧には興味があるけれど、実際に私がお化粧を始めたのは短大に進学してから。しかも短大生は入学して学生生活に慣れたのもつかの間、すぐに就職活動をしなければならなかったので、必然的に「身だしなみ」としてのお化粧をせざるをえなかった。同級生の中にはコンパニオンなどのアルバイトをしていて、実際の年齢以上に大人びたお化粧をしている人もいたけれど、それはごく一部の人間に限られていた。

それに私の所属していた部活(オーケストラ部)は四大生がほとんどだったので、きちんとお化粧をしている人は上級生のほんの一部だけ。唯一みんな(といっても女性だけだけれど)がお化粧をするのは舞台に上がる演奏会のときくらいだった。

確かにお化粧に興味はあったけれど、当時の私はそれに費やす時間とお金はもったいない、それよりは部活に精を出すことの方がずっと有意義だ、というふうに思っていた。

ところが社会に出てからはそうはいかない。どちらかといえば、お化粧をしていないほうが不自然に感じてしまう。まして制服を着るからにはスッピンというわけにはいかない。

「機内でサービスするのは日本人だけではない」
ということから、客室訓練では英語の授業もあるわけで、「世界基準が標準」としての自覚が求められる。つまり、日本の看板を背負った国際人としての自覚を持つことを余儀なくされる。そんな、
「マニキュアをするのは洋服を着るのと同じ」
という国際的感覚からすれば、お化粧もそれなりにできないと恥ずかしい。そして制服を着るという事は、一定の基準を設けられてしまったのと同じなわけで、それを着るからにはそれなりに着こなさなければならない。つまりお化粧はそんな着こなしの一面といってもよかった。

「制服の色が紺基調なので、シャドウはこのあたりの色が無難でしょう、口紅は・・・」
パレットにはピンク系、ブルー系といったシャドウが。口紅もそれに合うような色のものが数本用意されている。

私たちは、とりあえず指導された通りに化粧品を使い、時には講師に直してもらいながら、何とかそれらしいお化粧をしていく。といっても鏡に映るのは普段の自分の顔ではない。色をさす事だけに気持ちが集中してしまうせいか、どこかしら七五三のような感じは否めない。中には普段通りのお化粧をするだけですんでいる同期もいたけれど、まあこれも慣れというものか。なんだか気分は自分の顔をキャンバス代わりに塗り絵でもしている気分だ。

「飛行機の中では客室の照明がいつも一定ではありません。暗いところでお化粧を直さなくてはならないこともあります・・・」
講師はそう言って教室を飛行機の客室で「dim」の状態まで落してお化粧を直してみる。(通常の豆電球よりも倍くらいの明るさだろうか)

よく、「お化粧をするときは明るいところで」と言われるけれど、それは、「お化粧の色味が必要以上に濃くなってしまうから」という理由からきている。ということは、この暗い照明の中に映っている自分の顔に色を入れることはかなり注意しなければならない。とはいうものの、鏡に映る自分は少しでも見栄えするほうがいいに決まっている。気をつけていたにも関わらず、つい忘れて鏡の顔を修正するのに必死になってしまう。

「皆さん、いいですか。では明かりを戻しますね」
講師の声とともに教室が明るくなると、一瞬静まり返ったかと思うと、次の瞬間教室内がどよめいた。まずみんな鏡の中の自分を見てびっくりし、思わず隣の同期の顔を見る。そして顔を見合わせたとたん爆笑。
「いやだ〜、○○ちゃん」
ファンデーションを塗りすぎた上に、必要以上にほお紅やシャドウをつけたその顔は、歌舞伎役者かはたまた・・・と言うのはちょっといいすぎか。
一方、化粧慣れしている人たちはそれなりの仕上がりだからそれはそれでたいしたものだ。

「こんな顔で外なんか歩けないよ〜!」
大笑いのうちに授業は終了。それぞれ明るい照明の下でお化粧を直し、ホッと一息。

ふと気がつけば、その教室の中にはみんな同じ制服を着て、同じ様な顔つきがずらり。明らかにみんな顔立ちは違うのだけれど、同じ色味のお化粧をし、髪形も同じような20名が一つの教室の中にいる。

ちょっと異様な感じ・・・。

でも、そんな感覚に長い間捕らわれることはなかった。
とにかく私たちは毎日与えられたメニューをこなしていくことだけに集中し、スチュワーデスとして、飛行機に乗ることだけを考えていた。

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