◆ ワイルド・ストロベリー

「食器を揃えると婚期が遅くなる」
クルーの間でそんなジンクスがある。ちなみに、
「食器を揃える」
とは、お嫁入り道具を揃える感覚で老舗の洋食器(ディナーセット一式)を揃えること。

年頃の女性としては、
「婚期が遅くなる」
というのは例え根拠のないジンクスとしても深刻な問題だ。
「スチュワーデスをしているとなかなか出会いがなくて・・・」
と言ってはみるけれど、先輩の中には結婚をし、出産、子育てをしながら仕事を続けている方もたくさんいらっしゃるという現実がある。
顔で笑って心で悩む、一見華やかな制服の裏にはそんな一面もある。かくいう私も何となく気にして食器はディナーセットとして一式揃うような買い方はしなかった。

私が初めてそんな洋食器専門店へ行ったのは、初めてロンドンを訪れたとき。先輩に連れられて、だった。
日本ではなかなかじっくりと食器を見て回る機会はないし、疲れていてそんな気にはなれない。
でも、滞在先なら気分転換も兼ねて見ることができる。
紅茶の国、イギリスは紅茶専門店に負けず劣らず洋食器専門店は多い。私はとにかく金魚のなんとやら、といった感じで先輩の後をついていく。そして先輩達のお目当ての食器はウェッジウッドだった。

「今日はディナープレートを見ようと思って」
その先輩はロンドン線を乗務するたびに同じシリーズの食器を少しずつ買い足しているようだった。
私も食器は好きだけれど、これだけ数があるとどうしていいかわからない。

御存知のように老舗の食器はけっして手頃な値段ではない。例え円高だとしても、それはあくまで、
「日本で買うことを考えれば安い」
というだけのこと。割ってしまったとしても惜しくないほどの安値ではないことは変わらない。
となると、フライトでお目当てのお店へ行く機会があるたびに少しずつ買い足していくことになる。

「みんな初めはこれから入るのよね・・・」
先輩が指さしたのは、「ワイルド・ストロベリー」というシリーズのカップ&ソーサーだった。
「私もね、実は初めてロンドンで食器を買ったのがこれだったの」
苺とその花をちりばめた上品なプリントは、それだけで「絵」になった。このティーカップに紅茶を注いで、このプレートにケーキをのせる。
想像しただけで美味しそうだ。それにこのプリントに合わせてランチョンマットやカテラリーが揃ったら素敵だろうな。
「このサンドイッチプレートも結構使えるのよね」
先輩はまるで店員さんのように私に勧める。しかし私には予算の関係もあって、ほいほいと決められない。そんな私にちょっとあきれたのか、
「私はちょっと向こうを見てくるわ」
と自分のお目当てのプレートを見始めた。

財布の中身はさておいて、私の頭の中はすっかりワイルド・ストロベリーの食器でいっぱい。
「でもまた仕事で来ることだし」
悩んだ揚げ句、私のファースト・ウェッジウッドはティーカップ&ソーサー1客。そして次回は2客目を買おうと心に決めた。

その後ロンドンを訪れるたびにプレートを買いたし、二人分のカップ&ソーサー、ケーキプレートが揃った。そして早速テーブルセッティング。お茶の相手は母親である。
「何だか違う」
お茶を飲みながらつぶやく私に母は一言、
「ここは日本だからね」

確かに紅茶、ケーキを実際に用意したまでは良かったのだけれど、部屋の雰囲気が違うのだ。所詮日本家屋では限界があるマッチの仕方だった。
しいて言えば、相手が母親というのも問題なのかも・・・なんて言えないけれど。
というわけで、ワイルド・ストロベリーの食器は、二人分のティーカップ&ソーサーとケーキプレートにとどまった。
(その後私もロンドン以外でも食器を買うことになるのだけれど、それはまた別の機会に)

ちなみにこの先輩や私だけでなく、「ワイルド・ストロベリー」のシリーズはみんな持っているらしい。同期、あるいは先輩の家に行くと、一度はこのプリントにお目にかかる。そして、その購入のきっかけになったのは皆先輩のひとことだったりするのだから可笑しい。
「みんな同じような経験をしているのね」
そう言ってそのシリーズのサンドイッチプレートやカップ&ソーサーを囲んで当時の話に花を咲かせる。

さて、果たして、
「食器を揃えると婚期が遅くなる」
というジンクスが当たっているのかどうか、調べる術はない。でも、結婚し、現場を退いた人たちは少なからず言う。
「あのときディナーセットの一式でも買っておくんだったわ!」
そして食事の支度をしながら、
「でもまさかウェッジウッドに肉ジャガは盛りつけられないわよねえ;;」

現実とはそんなもののようである。


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