◆ クルーの知恵 〜 台所事情

それは、あるニューヨーク発成田行き、満席便でのこと。
私は、ファーストクラスにアサインされていた。
食事のサービスは二回。いずれも「ホットミール」。
お客様とクルーの人数分の食事と、「エキストラ」と呼ばれる余分な食事が搭載されていた。

まず、ここでクルーの食事について少し説明しておかなければならない。
エコノミークラス、エグゼクティブクラスのサービスにあたった場合、予めトレイにセットされた、お客様と同じ食事が搭載される。

また、ファーストクラスにアサインされた場合は、そのお客様と同じものを食べる。ファーストクラスの食事は一見豪華な感じを受けるけれども、私はあまり好きではなかった。その時のお客様の食の進み具合で、私たちの食事の内容や量が変わる。確かに乗務員の人数分を考慮されて搭載されているものの、予めトレイにセットされていないので、お客様の残りを食べているような錯覚に陥ることもあった。(これは私だけかもしれないけれど)

さて、その便のサービスは何事もなく進んでいた。お客様で特に手のかかるような方はいらっしゃらない。ただ、普段と違うな、と思ったのはお客様の食欲。

もし、お皿に食事が残っていれば、それはゴミとして私たちが処理しなければならない。残しても仕方のない量だったり、お口に合わないものなら仕方がないと思いつつ、それらを捨てる作業を私は何度やっても好きにはなれなかった。第一、勿体ないし、食べ物を粗末にしているような気がしてしかたがなかった。しかし、このフライトは、そんなことを感じることがないくらい食事を残す方があまりいらっしゃらなかった。

メインディッシュのキャンセルもなく、下げるお皿には何も残っていない。中にはおかわりをなさる方も。よほどニューヨークから搭載になった食事がおいしかったのだろう。久しぶりにサービスする側として気持がよかった。と同時に、自分の食事が待ち遠しかった。

二度目の食事のサービスも終わって、ほっと一息。やっと私たちは食事の時間を迎えることになった。あまり時間がない上に、一番下っ端の私は最後。いつものように、そのクルーの食事の準備をギャレー担当のアシスタント・パーサーと始めようとした時、彼女が言った。
「私たちの食べる分が・・・足りないかも」
つまり、いつもなら十分にあるはずの私たちの食事が、人数分ないという。

勿論私たちはお腹がぺこぺこ。恐らくこれが地に足がついた仕事ならば、大した問題ではないだろう。ちょっと我慢して仕事を片付けてしまえばいい。しかし、私たちはそうはいかない。
「私たちはサービス要員であると同時に保安要員でもあるのよ。」
ある先輩の言葉が頭をよぎる。空腹を抱えたまま、これから着陸という大事な場面に万が一というときに対処できるだろうか?
(このことについては改めて書きたいと思う)
とにかく何でもいいから口にしなければ、この不安はおさまりそうにない感じだった。

「ご飯はどれくらい残っているの?」
そう言いながら一緒にサービスを担当していた女性パーサーが、食事の入っているカートの中などをチェックし始めた。ギャレー担当のアシスタントパーサーから状況を一通り聞いて、ちょっと考えた後、
「だいじょうぶよ」
とアシスタントパーサーに答えてから、私に、
「ちょっと手伝ってくれる?」
そう言って、私にオードブルのトレイを出すように指示した。

「何をなさるんですか?」
私にはパーサーがしようとしていることがわからなかった。
「チャーハン、つくるのよ」
と、彼女はいたずらっぽい笑顔を私に投げかけた。
「チャーハン、ですか!?」
私は唖然とした。

ここは飛行機の中。まして電子レンジが搭載になっていない機種。熱風で温めるようになっているオーブンが調理用として使えるくらい。しかも、食材だって十分ではない。まあ、一度目の食事のときのご飯と合わせれば、何とか軽くお茶碗四杯分はあるかもしれない。具はオードブルの残りを使うとしても、味付けは?塩コショウはあるけれど・・・。

出来上がりとその味を想像したかぎりでは、お世辞にも美味しいなどといえそうもないチャーハンが私の頭に浮かんだ。

そんな私の不安な様子を気にすることもなく、
「そのレタスを切って・・・あ、それからオードブルのエビも使えるわね」
と、私に指示を出しながら自分も調理の用意をしている。

「さて、と」
一通りの食材が揃ったところで調理が始まった。使用するのはやはりヒートオーブン、私たちギャレーリーナ泣かせの代物。

というのも、そのオーブンでアントレを温める場合、ちょっと油断するとステーキは「ウェルダン」に、ローストビーフは「チャーシュー」になりかねない。まして、ご飯が搭載されると、「おこげ」(焦げはしなくてもお米がかちかち)になる可能性すらある。それほどこのオーブンの熱風はすごい。

本来、オーブン用のトレイ(アントレなどを温めるための底の浅い金属製のもの)をフライパン代わりに調理は進んでいく。

「あ、そのオードブルのトレイくれる?」
そう言われて、一度しまいかけたトレイを再びパーサーの元に持っていく。そこには、飾りに使われているゼリーが残っていた。ということは・・・。
「塩コショウだけじゃあちょっとね。そこでこのゼリーよ。コンソメが入っているのは、知っているわね?」
塩コショウだけでは出せない「うま味」を、このゼリーで補うとは。そして、先ほどのレタスはちょっとした熱風対策だった。熱風でご飯の水分が飛んでしまうのを、レタスの水分がカバーしてくれるというのだ。
ギャレーの中に美味しそうな香りが広がる。
「これくらいでいいかな・・・。ちょっとレタスが多かったかな。まあ愛嬌で勘弁してもらいましょう」

「何だか、うまそうなにおいがするね・・・」
男性チーフパーサーがたまらなくなってギャレーに入ってきた。
「どれどれ・・・」
スプーンを片手にチーフが味見をする。
「ほぉ、これ、いいよ、うまいよ」
それを聞いてパーサーが思わずにっこり。
「さあみんな、食べましょう!」
そう言いながらお皿にチャーハンを盛りつける彼女は、正に後光の差した「母」のようだった。

その姿は私の理想そのもの。豊かな経験と発想。クルーにとってそれらがこんな場面で発揮できるからこそ、個々のお客様に対して行き届いたサービスができるのだろう。自分が何年かしてこのパーサーのように、臨機応変に立ち回れるかどうか、それはわからない。でも、少なくともこんな素敵な先輩と一緒に仕事ができたことは、これからの自分の仕事に大きな影響を与えるだろう。

飛行機が一度飛び立ってしまったら、その中にあるものでしかサービスはできない。そんなときに、つい、
「ないのでできません」
と解決してしまいがち。でも、ちょっとした発想と経験があればそれを乗り越えていける。これが恐らく「YESの発想」、そして「より良いサービス」への第一歩になるのだろう。

チャーハンをほお張りながら、私は空腹だけでなく、心も満たされていくような気がした。

 

エッセイのメニューに戻る