◆ ある日のクリスマス

12月。
サンタクロースにクリスマス・ソング、夜には街の明かりもきらびやかに。揚げ句の果てに、つり広告や雑誌には「クリスマスをどう過ごすか」。まるで一人でクリスマスを過ごすなんて惨め、とでも言わんばかりにデートスポットの特集を組んでいる。友達との会話でも、クリスマスを意識した話題。

でも、クルーともなると、その前にもう一段階肝心なことがある。それは、
「クリスマスはどこ?」(クリスマスのフライトはどこ?つまりどこに滞在しているのか)。

例えば、
「モスクワなのよ;;」
と聞けば、厳しい寒さとあらゆる面での不自由さを察して、
「それはたいへんね;;」
と同情的になる。

「ロンドンなのよ」
と聞けば、
「あら、残念!」

というのも、イギリスでは日本と異なり、クリスマス・イブもお店が閉まるのが早いし、クリスマス当日と「Boxing day」(*1) と呼ばれる26日は連休。つまりお店はお休みであることが多いわけで、たとえ素晴らしい街の飾り付けは見られても、
「さあ、買い物を!」
と思っていると、とんだ期待外れになってしまう恐れがある。

「今年は日本。ちょうどお休みなの」
と聞けば、
「よかったわね」
になるはずなのだけれど、そういう人に限って、
「別に彼氏もいないことだし、仕事をしていたほうがましだわ」
という答えが返ってきたりする。(ちなみに私はこの口だった)
いずれにしても、一般の人がお休みの時が繁忙期。これはクルーゆえの宿命だ。

私の現役当時はクリスマスともなると、高価なディナーやホテルに予約が集中。女性達へのプレゼントに頭を悩ませる男性が、
「とりあえずティファニーへ」
と、店内は男性とカップルでごった返していることがざらだった。

いずれにせよ、クリスマスはよい子のために、恋人達のためにある、そんなおめでたいムードであることは、あの頃も、そして21世紀を迎えた今も変わりはないようだ。

さて、バブルがはじけたといわれるころ、現役のクルーとして私は正に「飛び」回っていた。
ある年のクリスマスは香港線。イブの昼間に香港につき、翌日の夕方日本に帰る、という仕事だった。

一緒に仕事をした人たちはグループに関係なく、混合の編成だったこともあり、現地では一人で行動していた。街はクリスマス・カラーに彩られ(といってもちょっとどぎつい)、買い物客であふれていた。私はそんな日本と変わらないくらいのクリスマス・ムードと、Saleの文字に引き寄せられて買い物をし、滞在先のホテルのコーヒーショップで夕食をとした。ホテルの内装もクリスマスを意識したもので、コーヒーショップの店内も混みあっているようだった。

少し待たされ、私が案内されたのは窓側の二人掛けの席。通路を挟んだ反対側では家族連れが食事をしていた。両親に小学生くらいの子供たち。そして彼らは私の注文したものがテーブルに置かれると同時くらいに席を立った。母親が子供たちと手を繋ぎ、父親はクリスマス用に包装された品物がはち切れんばかりに入った袋を両手に下げていた。どこから見ても幸せそうな家族。あんなクリスマスイブの過ごし方もあるのだ。

そして、まもなくその席についたのは初老の白人男性。ジーンズに小奇麗なシャツ、というラフなスタイル。彼も買い物の帰りなのだろう、どこかで見たことのあるデパートの袋を持っていた。

と、若いウェイターがメニューを持ってくると同時に彼は怒りだした。
「ここのセキュリティーは一体どうなっているのかね!」
その声にびっくりしてそのテーブルを見ると、クリスマス・プレゼントの包みが。先程まではなかったはずなのにと思っていたら、どうも椅子の下から出てきたらしい。きっと前の家族の忘れ物だろう。

ウェイターはなぜ怒鳴られているのか腑に落ちない、というその表情。きっと私同様にその包みを、
「単なる忘れ物」
と思ったに違いなかった。

一方、男性客の言い分はこうだ。
「もしこれが意図的に置かれたものだったらどうするのか」
つまり、例えばテロなどによる爆発物であったらどうするのか。レストラン側の責任として、万が一という意識を持っていないのはおかしい、という。また、話の様子からそのプレゼントの包みが置かれていたのが足下だったことも不審物と思わせる原因にもなったようだった。
そこで、
「ここのセキュリティーは一体どうなっているのかね!」
というセリフが飛びだしたのだった。

そのやり取りを聞きながら私ははっとした。
自分の仕事場である機内でもセキュリティー・チェックは行われていること。でもその意識はあくまでも仕事の中でのことになっていた。確かに海外に出ているときは独特の緊張感を持って行動はしているけれど、日本にいるときはセキュリティーに対して特に意識することはない。少なくともその必要がない、と思っていた。やはり日本が安全で平和な国だという思い込みが、
「テロなんて蚊帳の外の話」
という意識になっていたのだろう。

結局ウェイターは平謝りに謝ってその場は落ち着き、その「不審物」は「忘れ物」扱いになったようだった。

当時日本ではみられなかった、
「不審なものがあったらすぐに知らせてください」
という張り紙があちらこちらで目にするようになったのは、オウム事件のころからだろうか。あの忌まわしい事件が起こってからようやく国内でセキュリティーへの意識が高まってきたような気がする。
とはいうものの、「のどもと過ぎれば・・・」で次々と「まさか」の事件が起こり、「平和の国、日本」の神話はもはや崩れつつある。

クリスマスソングを耳に街を歩きながら、
「この雰囲気にどっぷりと漬かっていてよいものなのだろうか」
と、クルーを退いた今でも私は考えてしまうことがある。

今のところ身近に大きな事件が起こっていないので多少大袈裟という感じもするけれど、そろそろ自分の身の回りのことは気をつけなければならない、そんないやな時代が来てしまったことを、日々のニュースを見ながら感じざるを得ない今日この頃だ。

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*1「Boxing day」・・・昔はクリスマスのプレゼントを開ける日だったとか。イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの祝日になっている。

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後日、読者の方から「カナダも祝日です」とのご指摘をいただきました。
有り難うございました。


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