◆ Crewの憂うつ:その1 お酒

以前お話したことがあるけれど、私は下戸、いや、それに近い。
では、お酒やお酒の席が嫌いなのか、というとそうではない。お酒が飲めないのにおつまみの様なものは大好きだし、どんちゃん騒ぎは困るけれど(しらふの私はどうしていいかわからないので)、お酒を囲んだ人たちの雰囲気はいいなあ、と思う。

仕事をしていて思ったのは、機内では比較的お酒が飲みやすい環境だということ。自分の懐具合を気にしないで、いろいろなお酒を試すには絶好な機会と言えるからかもしれない。そして、それを象徴するかのように、観光で海外にいらっしゃるお客様が多いときほど、お酒はよく出ていた印象を受ける。それも、特にエコノミークラスでの団体の男性の方たちに。

サービスする側としては、お酒を出すのは構わないのだけれど、度が過ぎると困る。しかも、お酒の量に比例して体調を崩す方が多いからだ。

「機内では気圧の関係でお酒はまわりやすいですよ?」
こちらがサービスしていて、召し上がるペースが早いように感じると、一言添えてからリクエストに応じるようにしていたのだけれど、
「大丈夫、だいじょうぶぅ・・・」
と、だいたいこちらの言うことに耳を貸してはもらえない。仕方なく、水割りなどの場合なら加減したり、お水を持って行ったりしてみるけれど、まず効果は期待できない。

酔いがひどくなると、正に私たちの手を引っ張ったり、
「一緒に飲も〜よ〜!」
なんて言われる。
毛布を掛けていたあるお客様などからは、
「(毛布に)一緒に入らない?」
なんて言われる有り様。

相手がお客様でなければ、一発かましてやりたいところだけれど、相手も酔っているし、あきらめるしかない。日本人だからそんな冗談も通じると思っているのだろうけれど、海外でそんな発言をしたらそれこそ大変な騒ぎになること請け合いである。

そして、何より困るのはそういう人たちに限って、トイレまで辿り着けずに通路で倒れてしまうこと。
「あと一歩で、ドアに手がかかったのにねえ・・・もう少し我慢できなかったのかしらねえ・・・」
私たちはブツブツと心の中でつぶやきながら、そのお客様のよごしたカーペットを掃除しなければならない。

そして、その張本人はといえば、だいたい私たちに謝るタイミングを逸してしまって、ただただシートで小さくなっているばかり。これからの旅行に差し支えてもと思い、こちらから声をかけても、
「あ、だいじょうぶです・・・」
と蚊なくような声で応えるのが関の山。まあ、気まずい気持はわかるのだけれど。

 

あるとき、
「後ろのラバトリー、INOPにします!」(イノップ:使用不可能のこと)
と言いながら後輩がギャレーに入ってきたことがあった。
「何処か壊れたの??」
「壊れたといえばそうとも言えるんですけど、ちょっと手に負えません」
という。よくよく話を聞いてみると、泥酔したお客様がトイレへ辿り着いたまではよかったのだけれど、シンクに吐いてしまい、流れなくなった、と言うのだ。しかし、その便は満席。ただでさえ、機内のトイレは着陸間際には大変な騒ぎになる。歯を磨いたり、お化粧を直したり、もちろん用をたす人も殺到するので、一ヶ所でも使用不可になる状態はなるべく避けたかった。

「ちょっと見てくるね」
何事も自分の目で確かめなければ、正確な対処はできない。キャビンでは丁度映画を上映しており、ほとんどのお客様はその画面に見入っていた。
私は、そんな空気をかき分けるようにして、自分の目でラバトリーを見に行った。

「うわぁ・・・」
思わず心の中で叫んだ。一目見ただけで、後輩がINOPにしたいと思う気持がわかるほどの光景だった。状態が状態なので鼻で呼吸することもできない。聞いていたシンクには、あふれるまでにあと二センチ弱の余裕しかない。つまり、万が一飛行機が大きく揺れた場合、シンクの中にあるものは間違いなく外に飛び散ってしまう事が予想できた。しかも、便器の周辺も筆舌に尽くせない有り様。私はひとまずそのラバトリーを出た。お客様が使用できないように外から鍵をかける。こんな様子を見たら、普通の人でも気分が悪くなってしまう。

ひとまず戦闘準備を整えることにした。
(これは決して大げさではない表現だと信じている。何しろ相手が相手だし)

ラバトリー清掃のときに使うビニールの手袋、アルコール消毒液、消臭効果のあるスプレー、割りばし、などを用意し、再び現場へ戻った。とにかくシンクを空の状態にしなければならない。

手袋をしっかりして、ラバトリーにある防水加工を施してあるデイスポーザルバック(吐袋とも言われる)をバケツ代わりに、シンク内の吐物を便器に流す。最初のうちはいいのだけれど、下に行くほど固形物が現れてくる。
「はぁ;;」
結局その固形物がシンクを詰まらせていたのである。

次に割りばしで詰まっている部分を掻き出して、これも便器に流す。
「もし自分の子どもが吐いちゃってこんなことになったら、汚いとかなんとか言っていられないものねえ・・・・」
と、まだ未婚であり、ましてや子供もいない私がそう思ってみても、これはかなりきつい。それに子供と大人の胃袋の大きさは違う。食べるものも違う。仕事とは言え、やりきれない気持になる。

「汚すのはしょうがないけれど、一言いってよね・・・、できればそれ以前に自分で汚したんだからどうにかしてよ、まったくもう;;」
シンク、便座、床、鏡・・・。手の届くところをすべてペーパーナプキンやトイレットペーパーで拭き、消毒する。
不思議なことにこの掃除が終わる頃には、ちょっとやそっとの汚れは怖くない、といった自信のようなものができてきた。まあ、それほどひどい状況だったということなのだけれど。

「これでよし!」
最後に手袋を捨て、自分の手も消毒する。一歩キャビンに出ると、いつの間にか映画も終わっていて、人の寝息が聞こえる。

ギャレーに戻り、食事をしている後輩へ、
「ラバトリー使えるようになったから」
と言うと、
「え?ほんとですか?」
後輩が驚いていた。
「いろいろやってみてから、できない、使えない、って言ってよ!」
掃除があまりにも大変だったので、その後輩にそう言ってやりたかったけれど、
「ありがとうございました!」
なんてにっこりされてしまうと、そんなことも言えず。つくづく私は小心者である。

こんな裏での私たちの苦労を知ってか知らずか、その時のフライトは着陸間際、リカー・カートに鍵をかけるまでお酒が出続けた。そして、お水も通常の量の倍も出すことになった。

楽しいお酒は構わないと思う。しかし、これからの旅行の始まりに体調を崩しては元も子もない。辛いのは自分自身だし。どうか一つ、後始末する身にもなって、ほどほどにお酒を楽しんでいただきたいと思う。

 

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