◆ Crewの憂うつ:その3 天候 

明日の天気が晴れるかどうか。
お天気の良し悪しは日常生活にはあまり大きな影響はなかった。
少なくとも学生時代の私には。

週末のドライブはやはり晴れたほうがいいな、と思ったり、梅雨入り、台風なども、私自身が東京住まいのせいか、大きな被害を受けるような経験はなかった。だから、せいぜい外出時の交通状態が心配になるくらい。日本には四季があって、例えば農作物には恵みの雨、暑さも寒さもそれなりに意味のあることと思っていた。

しかし、そんな呑気な私も、いざ自分が航空会社に勤めるようになると、天候が直接かかわるようになってきた。

「安全性、快適性、定時性」、これらは航空会社にとってのサービスの土台といえるもの。しかし、いかに万全にそれらを提供できる環境を人間が整えていても、それを常に百パーセント提供できるとは限らない。その要因の一つが、「天候」ということになる。

さて、実際私が国内線乗務をしていて経験したこと。

「梅雨前線が日本列島を縦断しており、台風○号も九州に上陸・・・」
こんなことを天気予報を聞きながら、あるとき私は国内線乗務をしたことがある。三日あるうちの初日はジャンボ機で福岡往復、早朝便乗務だった。

「みなさんご存知のように到着地、福岡は昼には暴風雨域に入る、という予報が出ています。詳しくはコックピット・ブリーフィングで説明があると思いますけれど、くれぐれもサービス時は無理しないように。ストッパーなどのチャックをいつも以上に気をつけてチェックしてください」

キャビン・クルーだけのブリーフィングで、チーフパーサーから注意事項が。続いてコックピット・ブリーフィングで、台風の状況説明。

「到着はまず大丈夫でしょう。問題は福岡からの出発の時間です。あちらでまた状況は報告しますけれども、恐らく定時に出発できなければ、私たちは帰ってこられなくなる可能性もあることをお知らせしておきます」

つまり、福岡空港が暴風雨域に入ってしまうと、空港そのものが機能しなくなリ、それ以前に飛行機が離着陸できない程の状態になる、というのだ。

通常通りの搭乗、そして離陸。なんとか朝食のサービスまではこぎつけた。
と、インターフォンが鳴る。チーフパーサーの声。
「キャプテンからこれからかなり揺れるので、ベルトサイン付けるということですから、パーサーに伝えておいて・・・」
そう言い終わるか終わらないうちに、機体が大きく揺れ、私はバランスを崩した。乗務員用の席にしがみついて体制は整え、インターフォンを置く。そして思わず後方のキャビンの先輩達を見た。今の揺れで怪我をしていないだろうか。

一人は乗務員席にしっかり座っていた。しかし、もう一人が見つからない。揺れは相変わらず続いている。中央キャビンを担当していたパーサーと、別の先輩が何とかギャレーに戻ってきた。さっそくチーフからの伝言を伝える。

「これでは回収(サービスした朝食のボックスを下げる)は無理ね。ギャレーも片付けて早く座りましょう」

私はいなくなった先輩のことが気になって、思わずそのことを告げた。
「いない?そんなはずないわよ。」
サラッと答えたパーサーは後方のキャビンを見回した。
「ほら、あそこにいるから大丈夫」
言われた方向を見ると、お客様の隣にいなくなった先輩が座っていた。
このときの搭乗旅客は八割ほどで、特に後方は空席があった。

「乗務員がお客様の席に座ってもいいんですか?」
そうつっこみが入りそうだけれど、大丈夫。サービスをしないで座っていたらそれは問題。でも、今回のケースは身の安全にかかわること。特に予想されない大きな揺れなどに遭遇した場合、空席に座って一時的に身を守る分には全く問題がない。むしろ、揺れている中で作業を続行することの方がいけないこと、とされている。

話はそれるけれど、こんなエピソードを思い出した。
ある国際線でのこと。サービス中、いわゆる予期せぬ揺れに遭遇し乗務員が、思わず空席に座った。すると、その隣にはなんとある有名人が座っていたのである。無言で座っているわけにもいかない乗務員は、その席に座らなければならない状況を説明。それがきっかけでその有名人と知り合いになった。そしてそこから交際に発展、めでたくゴール・イン。

あまりにも出来過ぎの節があるけれど、これも赤い糸のなせる技なのだろうか。単純な私は、そんな話を聞いてから、どうせ座るのならそんな席、と思いつつサービスをしていたこともあったけれど、残念ながらそういったアクシデントも、ましてや空席にも遭遇することはなかった。私の赤い糸はどうも飛行機の中にはなかったようだ。
(でも、このエピソードを聞いて、私のような不純な考えを一瞬たりとも持たなかった人はかなり少ないと思う(笑))

さて、話を戻そう。
私はギャレー担当だった事もあり、ギャレー横のドアサイドの席に先輩と隣り合せで座った。反対側のドアサイドにはパーサー。あと二人の先輩は最後尾に座った。(揺れがおさまったのを見計らって、お客様の隣に座っていた先輩は自分の席に戻っていた。残念ながらこの先輩からお客様との後日談を聞くことはなかった。)

ご存知のように、ジャンボ機の最後尾の乗務員は進行方向に向かって、お客様と同じ向きに座っている。だから、私の席からは後ろに座っている二人の先輩の様子がよく見える。心なしか楽しそうに見えるのだけれど、一体どういうわけなのだろう、私はいささか不思議に思った。

福岡空港が近づくに連れて機体の揺れもひどくなる。
「・・・機体が大きく揺れましても運行には支障ございませんのでご安心くださいませ・・・」
後方の先輩が安心感のある声でアナウンスをした。すると、それに答えるかのように機体が大きく揺れる。すっと浮き上がったかと思うと、次の瞬間、ストーンと機体が急降下。短いジェットコースターを乗りついでいる、とでもいえばいいだろうか。

しかし、私はそのジェットコースターが大の苦手。それをほかの先輩もよく知っている。恐らく自分が乗客として乗っていたら、半べそ状態だったかもしれない。それ以前に、あえて暴風雨目指していく飛行機なんかに乗るはずもなかった。

「結構(揺れが)すごいですね・・・;;」
怖いのを紛らわせるために、隣の先輩に話しかける。
「そうね、台風が来ているから仕方がないけど」
表情一つ変えずに淡々と答える。
すると機体がまた、ストーンと落ちる。エアーポケット、ともいうけれど。

こんな時、お客様の視線は少し意地悪に写る。大きく揺れるたびに私たちの方を見るのだから。それらは無言の問い掛けのような感じすらした。

「こんなに揺れて大丈夫なんだろうね??」
「落ちはしないだろうね??」
「ちゃんと福岡に着くんだろうね??」

一人ひとりの視線は、光線のように私たち乗務員に突き刺さる。こうなるとジェットコースターが怖いなどとは言っていられない。

「ぜ〜んぜん問題ないですよ〜!」
「何かあっても私たちがいるから大丈夫ですよ〜!」

そう言うかのように、微笑をたたえつつ、余裕の態度を見せなければならない。とはいえ、私には最悪の状況。こうなったら仕方がない、私も女優になりましょう。手に汗に技って演技するしかないわけで・・・。

そんな緊張感の中、後ろに座っている二人の先輩を見ると、あいかわらず何やら楽しげ。そう言えば、後ろの先輩達は大のジェットコースター好きだったことを思い出した。機体が急降下するたびに両手をあげて、声こそ出さないけれど口を開けてジェットコースター気分を満喫している。私とは雲泥の差。

厚い雲を抜けてようやく福岡空港に到着。すでに土砂降りの雨である。
「いっていらっしゃいませ、ありがとうございました・・・」
後方に座っていらしたお客様もさすがに顔色が悪い。私も制服を着ていなければこの仲間入りだろう。

「後方の忘れ物チェックOKです〜!」
(お客様が全員降機した後、私たちは必ず忘れ物がないかチェックをしている)後方の二人の先輩は絶好調。羨ましいかぎりである。

こうして私たちは、福岡空港が暴風雨域に入る前に、何とか折り返して東京へ戻ってきた。しかし、さすがに帰りの便では、後方の先輩達もゲンナリしていた。それだけ揺れが激しいということは、心も身体も緊張する場面が多い、ということになり、体力の消耗も著しい事を意味する。天候不順という不可抗力の要因であるとしても、予定のサービスを行うことができず、機内でのサービスを楽しみにされているお客様には、Crewとして申し訳なく思う。

さて、私の後の二日間は、東京と鹿児島を往復して沖縄泊。最終日は沖縄から東京へ戻ってくるパターン。一見よさそうな内容だけれど、思い出していただきたい。その時は、相変わらず梅雨沿線が日本列島を線を引くように縦断しており、台風は相変わらず九州から本州を目指して北上中。しかも、今度はジャンボ機よりも小さな機種。揺れも半端ではなかった。どのような仕事ぶりだったか、それはご想像にお任せしたいと思う。

こうした経験をすることで、ますます天気予報を熱心にチェックするようになった。確かにチェックしたところで、仕事の状況が変わるわけではないのだけれど、小心者の私にとっては一つの気構えを持つことは重要なこと。平静心を保つためにも、にわか女優(?)になりきるためにも、気象情報は欠かせくなった。

当時からもっと興味以上の関心を「天気予報」に寄せていたら、あるいは気象予報士にでもなっていたかもしれない、と思う事もあるけれど、所詮それは後の祭りである。

 

エッセイのメニューに戻る